知恵の使徒編 堅固の使徒
そして私は、村一つを犠牲にしてでも【憤怒の使徒】を殺すことを選んだ。
血を拭った槍を背中に構え、元来た道をたどり、村まで戻る。近づくに連れて、すべてが焼き焦げた匂いが私の鼻を刺激する。
「ああ……」
最初口から出たのはその声だけだった。次の瞬間には吐き気。
村にたどり着いた私を出迎えたのは、真っ黒な炭となった家々に、さめざめと降る雨だった。
「とりあえず……墓は一つでいいよね……」
一通り、胃からこみ上げてくるものを吐き出した私は槍を杖代わりに一軒一軒の家に歩み寄る。
申し訳なさに胸を押しつぶされそうになりながらも私は覚えている限りの人骨を拾っていくのであった。
〇〇〇
二回ほど日が上り、さらに再び日が暮れそうになった時、私はようやくみんなの骨を一か所の穴に埋め終わった。
「ごめんなさい……お母さん、お父さん、皆」
言い訳なんてしない。皆死なない方法もあったはず……ほかの使徒が現れた時点で絶望的か。
いや、そもそも私が力に憧れたりしなければ……。
そこまで考えたとき、私は首を振る。何を弱気になっているんだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。私が今できるのはこの争いの決着点をつくること。そのためには……
「ん? あれは……」
夜のとばりも下り、真っ暗になった村の中で火を焚いていると、何かを感じた私は森の方を注視する。
見えたのは光の行列だった。形までは遠くにいいるせいでわからないが、まるで蟻の行進のように続き、
私の方に向かってきていた。
「あれは……まさか、【堅固の使徒】?! もう嗅ぎつけられたの!?」
憤怒の使徒を殺してからまだ三日も経っていない。いや、【堅固】の能力ならそれも可能か……。
慌てて私は火を消すと急いで村を立つ準備をする。私一人ではあの能力に対処するのは厳しい。
だが、そんな私の行動はすでに遅かった。
意識を向けていなかった上空から、真っ白な鳥たちが私に襲い掛かってきた。
〇〇〇
「ふっふふ~さてさて、私の鳥さんたちはちゃんと足止めできているかな?」
「お嬢様、身を乗り出さないでください。これ、操縦難しいんですから」
ラディンが視線を向けた先、その白い行列の中、一人の少女が馬車に乗り、一人の少年が馬の手綱を握っていた。
白い行列の正体は動物たちだった。
真っ白なクマに真っ白なカラス、真っ白なアザラシに、真っ白なトラ。
数えきれないほどの白い動物たちが、一組の男女を囲っていた。
勿論、馬車を引く馬も白い。
「あ、それと報告がもう一つ。流石に鳥だけじゃ捕まえられそうにないですよ」
「え~、じゃあ、やっぱりリョウの計画通りにしなきゃいけないの?」
「だから言ったでしょうに。彼女相手なら数で攻めたほうが確実です」
「あ~面倒臭い~」
白い行列はじわじわと迫りくる。
〇〇〇
「不味い! 不味い!!」
襲い掛かってきた鳥たちを薙ぎ払い、準備を整えたラディンは急いで村をあとにする。
「【堅固】の能力は守護獣の使役、私の【知恵】でどうにかなるものじゃない!」
ラディンは森の中、急いでこの場を離脱するべく、覚えたばかりの身体強化を施し逃走を試みる。慣れない体の行使に全身が悲鳴をあげるがそれを気にしている暇はない。
だが、
「え?」
後ろに見える白の行列がその行軍速度を上げる。機動力に優れているトラやヒョウが彼女に追い付き、追い越し、行く手を阻むように展開する。
「これは……やるしかないようですね……」
〇〇〇
踊りかかってくるトラをラディンは槍で一閃、そして返す刃で後ろから飛んできたオオカミの頭を一突き、空から集団で襲い来るワシには魔法で対処し、懐まで入ってきた虫は手で潰す。
「はあ、はあ、これ……あと何匹いるんですか!」
片っ端から襲い掛かってくる白い生き物を殺していくラディン。だが、その姿にも疲れが見える。
当たり前だ。すでに虫獣を合わせて数千匹は殺したのだから。使徒と言っても所詮は人間、数の暴力には勝てない。
「しまった!?」
後ろから襲い掛かってきたトラに気づくのが遅れ全身をその巨躯で押さえつけられる。それを皮切りにわしゃわしゃとラディンの体はいろいろな生物に取り押さえられる。
そしてようやく、その術者である少女がやってくる。
「も~、やっと捕まってくれたの? これ出すのすっごい疲れるんだからね! 分かってるの?」
「お嬢様、その神届物を使えるのはお嬢様だけです。ほかの人にわかるわけないでしょう」
馬車の上で喧嘩をする二人を目視し、ラディンは質問を投げかける。
「貴方が【堅固の使徒】でいいのでしょうか」
「ええ。この私が。三大貴族ドーラ家の長女カレイ・ドーラが十四柱の一人よ。そういうあなたは【知恵の使徒】でいいのよね? 【憤怒の使徒】を殺した」
少女の見た目は十代後半くらいだろう。ピンクの髪に金色の瞳。おっとりした顔をしているがやり取りを聞く限りその限りではない。
一方で少年のほうは少女と同じ十代の後半だろう。黒髪黒目で精悍な顔つきをしている。
事実がばれていることに歯噛みしながらもラディンはカレイと名乗った少女を睨みつける。
「おお、怖い怖い。そんなに睨まないで頂戴、私だって使徒になりたてで仕方なく命令に従っているのよ」
「仕方なく? 私は聞きましたよ。堅固の使徒も戦争を誘導してると」
憤怒の使徒に見せてもらった使徒同士の話を思い出しながらラディンは問い詰める。
「うぐ……そ、それはそうだけど」
「知恵の使徒さま、お嬢様は脅されているのです。そう悪く言わないであげてください。お兄様を人質にされているのです」
「兄さんを?」
「はい、ですので大人しくこのまま捕まってください。そうすればこの場であなたを殺すことはありません」
「誰が従うものですか!」
従うつもりは全くないラディン。だが、体を動物たちに抑えられ全く逃げることができないため、口でしか反撃できない。
「無駄よ、その守護獣たちに魔法が通じない以上取り押さえた時点で私の勝ちよ。どんな知恵でもそれを乗り越える方法はないはずよ」
「く……」
そういって彼女は拘束魔法を展開する。
その様子を見ていることしかできないラディン。
だが、
「お嬢様?!」
聞こえてきたのは少年の慌てた声。直後、ラディンを押さえつけていた獣たちの重さも消える。
不思議に思った彼女が体を起き上がらせると馬車に乗った少女が吐血し、少年が慌ててかけよるところだった。病気か、はたまた別の要因か、彼女が倒れ、魔法の行使が止まったのだろう。周りに控えていた守護獣たちも自動制御なのか、彼女を守るように周りを囲む。
これを好機と捉え、視界の端に少年と少女を捉えながらラディンは逃走するのであった。




