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7. 英雄、嫌われる

 彼と彼の親友が怪物(モンスター)を撹乱し、怪物が口を開けた瞬間、その中に爆弾を放り込む。爆薬使いがそんな案を出した。

 最後の怪物は全身のほとんどの場所で剣を弾いてしまう。あと狙えるとしたら、目か口の中しかないだろうということでは元から意見が一致していたので、彼と親友もその案に従うことにした。

 彼らは怪物のいる場所へ向かって駆け出した。


     *        *


 妻の死は事故ということで処理されようとしていた。

 しかし、それを信じている者は少なかった。

 本当は彼が殺したのだ、という噂が流れ、彼もそれを否定しなかったため、葬儀が行われる頃にはそれがもはや公然の秘密となっていた。

「どうして……、どうしてこんなことに!」

 宿屋の主人は、娘の遺体に取り(すが)って泣き崩れた。

「どうして、あんたはこんな……!」

 言葉もなく隣に立ち尽くしていた彼を、義父はキッと睨み上げた。

「俺は、あんたを(ゆる)せない!」

 今までは街で一番、彼に好意的だった義父の瞳には、今や彼に対する憎悪の炎が燃え立っていた。


 噂は広まる間に尾鰭(おひれ)を付け、彼は極悪非道の暴力夫であったことにされていた。

 どこを歩いていても、彼は白い眼で見られた。

 そういう状況になってくると、初めは罪悪感でいっぱいだった彼も、逆に人々に対して腹が立ってきた。皆で寄って(たか)って自分を悪者に仕立て上げようとしている――そんな風に、彼は思った。

 くさくさした気分でその時たまたま目に入った料理屋へ入ると、一瞬、店中の客と店員の視線が彼に集まり、奇妙な沈黙が生まれた。

 ――これは、俺の噂をしていやがったな。

 不快に思いつつ、彼は適当に空いている席を探して腰を下ろした。

 屋敷の使用人が急に何人も辞めてしまった上、残った者も何かというと彼に非難めいた目を向けるので、今日は外で食事をしたかったのだ。

 だがこの調子では、外へ出ても同じだったようだ。

 彼が入ってきてすぐ、何人かの客はそそくさと食事を終えて出ていってしまった。

 それ以外の客も、時折彼の方を見ては何やらひそひそと囁いている。

 その様子は彼に、使用人達の顔を思い出させた。

 ――どうしてそんな目で俺を見る?

 そう思った途端、彼の脳裡に血まみれで倒れる妻の姿が閃いた。そして、彼を憎しみの眼で見上げる義父の姿が。

 ――この上、まだ俺を責めるのか。

 彼はここ数日間のことを思った。

 あまりにも広すぎる家、使用人は大勢いるが、慰めにはならない。

 たった一人の姿が見えないだけで、彼の家はさらに広さを増したように思われた。

 広い寝室。いくら待っても、彼の隣に来る者はいない。

 当然だ。彼が、彼女を殺してしまったのだから。

 彼が屋敷を出てきたのは、もしかしたらそこに本来あるべき大切なものが欠けてしまったという気分を味わいたくないからだったのかもしれない。

 しかし人々の態度は、彼に自分の罪を思い出させずにはおかなかった。

 彼はまた、一人で取り残されたのだ――。

 彼はなんとか客の視線を無視して食事を始めたが、店員までもが彼をちらちらと見ながら何事か話し合うのを見てついに耐え切れなくなり、席を立った。

 支払いを求めてきた店員を、じろりと見遣る。

「何か言ったか?」

「で、ですから、お勘定を……」

 狼狽(うろた)えながらも、なんとか店員は言った。

「こんな不愉快な食事は今までになかった。あんな不味い料理で金を取ろうというのか?」

 彼が腹立ちまぎれに腰の剣に手を掛けると、店員は慌てて飛び退(しさ)った。

「く、食い逃げをする気ですか!?」

「違う!」

「どこが違うっていうんですか! そ、そんなものでお…脅して」

 店員は明らかに怯えていた。足はガクガクと震えていたし、歯の根が合っていなかった。「殺される」と顔に書いてある。

「そうじゃない。俺はただ……」

 言いながら、彼はふと店の中に目を向けた。その途端、こちらへ集中していた視線が一斉にさっと逸らされる。

 店内を異様なまでの静寂が満たした。

「……くそっ!」

 彼は懐から金を取り出すと、床に叩きつけた。

「釣りは要らん! その代わり、二度と来てやらんからな!」

 彼はそう言い捨てて店を出た。

 背後でほっとする気配が漂い、それが彼の神経を逆撫でした。

 ――どいつもこいつも、俺を虚仮(こけ)にしやがって!!


     *        *


 彼は主に、怪物(モンスター)の爪の生え際、爪と肉との境目を狙って攻撃を仕掛けた。彼の持つ名剣ならば、そこに傷をつけられることが判ったのだ。

 親友は、剣は鞘にしまったまま、怪物の目を狙って両手で次々とナイフを投げた。さらには、よけられたり跳ね返ってきたりしたナイフを拾っては投げ、拾っては投げ……ということを繰り返した。

 二人のその行為自体は、怪物にほとんどダメージらしいダメージを与えられなかったが、怪物を怒らせることには成功した。

 怒りに駆られた怪物は咆哮(ほうこう)を上げた。大きく開いた口の中へ、爆薬使いが狙いを(あやま)たず爆弾を放り込んだ。

 口の中――それも奥の方でそれが爆発し、怪物は後ろへ倒れた。

 意識を失い、動かなくなった。

 だが、それで仕留めたと勘違いした爆薬使いは不用意に怪物へ近づき、まだ息のあった怪物が意識を取り戻して振り回した前脚の爪に引っかかって、死んでしまった。


     *        *


 腹立たしさを引きずったまま競技会へ行くと、そこに例の女がいた。今日も派手な服装をしている。

 元はといえばこの女のせいで、散々な目に遭った。

 彼のそんな思いが表情に出ていたのだろうか。

「何よ。あたしのせいだって言いたいの?」

 不愉快そうに彼を見返して、女は言った。

「…………」

 そうだ、とも言えず、彼はむっつりと押し黙って女の隣に座った。

 女はそれ以上話しかけてはこず、彼からも何も言わなかった。

『選手入場』

 やがて、第一試合一組目の選手が出てきた。剣を持つ巨漢と、槍を持つ小柄な男だ。

 彼は、なぜかふと、槍使いの相棒だった弓使いを思い出した。

 弓使いは、槍使いと違って競技会を目指していなかった。

 なぜだ、と訊くと、危険なことはさせたくないから、と槍使いのほうが答えた。

 弓使いは女性だった。槍使いが競技会に出て良い結果を残し、仕事を得られるようになったら、二人は結婚するつもりだと言っていた。

 彼から見ても微笑ましい恋人同士だったのに、怪物(モンスター)にあっさりと殺されてしまった……。

「どっちに賭けます?」

 券売りの男の声が、彼の意識を現実に引き戻した。

 彼は、槍を持つ小柄な男に賭けた。

 隣の女も当然そちらに賭けるものだと彼は思っていたのだが、女は彼の顔をちらりと見遣った後、巨漢の選手に賭けた。

「いいのか?」

 自分が正しいという自信のあった彼は、女にそう訊いた。

「いいのよ」

 女の声は冷ややかだった。

「あなた、今日はツイてないって顔をしてる」

 そして――、

 試合が終わった。

 彼は、初めて負けた。


 競技が終わった後、女はちょっと(あわ)れむように彼を見て、

「じゃあね」

 と言った。券を換金しに行くのだろう。

 他の観客も席を立ち、通路に列を作り始めた。

 そんな中、

「…………」

 彼は席に座ったまま、体を震わせていた。と思うと、やおら立ち上がり、人々の流れに逆行して走り出した。

 通路を通るのではなく座席の間を飛び越しながらリングへ向かうと、

「待て!!」

 退場しようとしていた小柄なほうの選手を呼び止めた。

「おまえ、わざとだな!? 俺を負けさせるために、わざと負けたんだろう!? そうなんだろう!?」

「まさか!」

 選手は目を見開き、とんでもない、というように手を振った。

 だが元より、彼には選手の話を聞こうという気がなかった。

「そんなことするはずが――」

「うるさい!」

 彼は腰の剣を抜き、相手には抜く(いとま)を与えずに斬りつけた。

 首筋への強烈な一撃。男は傷口から血を吹き出して倒れ、その場面を目撃していた観客が悲鳴を上げた。

 逃げ出そうとする者と、何が起こったのか分からずに足を止めて周囲を見回す者とがぶつかり、観客席は悲鳴と怒号と混乱の渦に包まれた。

「は…は、はは」

 何が可笑(おか)しかったのか彼自身にも分からなかったが、彼は突如として強烈な笑いの発作に襲われた。

「ははは、はは、ははははは――!」

 衝動のままに、彼は声を立てて笑った。


     *        *


 倒れた怪物(モンスター)は、傷ついた身体でさらに立ち上がろうと(もが)いていた。

 両前脚を地面について怪物が立とうとした瞬間を狙い、彼の親友はナイフを二本同時に投げた。

 うち一本は怪物の右眼に命中し、深々と突き刺さった。

 反射的に目を押さえた怪物は、体の支えを失って今度は横に倒れた。

 残った左眼には彼が素早く斬りつけ、そちらも潰すことに成功した。

 あと一息、という油断があったのだろうか。

 じたばたと苦しむ怪物の爪が弾いた短剣が、親友の体をかすった。

 それは。

 もうずっと前に仲間が落としていた、毒塗りの短剣だった。


 こうして――、

 彼は、一人になった。


     *        *


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