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3. 英雄、楽しむ


 怪物(モンスター)討伐に出かけた九人の中には、世界で有数の名剣を持つ男がいた。

 そもそもの喧嘩の当事者でもあった男は、他の者に先んじて一頭目の怪物に攻撃を仕掛けた。が、功を焦ったのか無謀に突っ込んでいったため、返り討ちに遭い、死んでしまった。

 怪物を相手にしたこの状況で、互いの力を競うのは無意味だ。

 残された八人は、怪物を倒すまでは協力し合うことを無言のうちに確かめ合った。


     *        *


 少ない荷物を宿の一室に置き、彼は城へ戻った。

 するとすぐに、王からの呼び出しを受けた。

「お呼びでしょうか」

 本来なら(ひざまず)き、王が言葉をかけてくれるまで待たなければならないのだが、そんなことも知らない彼は、それでも一応、片膝をついた姿勢で自分が先にそう言った。

 王はそれを(とが)めなかった。

「いや、実は昨日伝え忘れたことがあったのを思い出してな。そなたに褒美をとらせようと思う」

 王が合図をすると、目録のような物を持った大臣が進み出てきてそれを読み上げた。

 その内容は、彼が今までに見たこともない金額の褒賞金と、驚くほどの広さの土地だった。それに伴って、最下級の貴族の位が与えられるという。そう言われても、実感は全然湧いてこない。

「その土地はそなたの領地となり、これより(のち)は毎年領民から税が入る。ただ屋敷は、現在急ぎ造らせているところではあるが、完成までには今少し時間がかかるであろう。それまでは城に一室を与えるゆえ、そこで暮らすとよい。昨晩の部屋がちょうどよかろう」

「は……、あの、まことに有難い(おお)せですが……」

 予想外の展開に、彼は慌てた。

「その……、実はもう、宿を取ってきてしまいまして……」

「そのようなもの。金さえ払ってやれば無理に泊まることはない。どの宿だ? 部下に言って金を置いてこさせよう」

「いえ、あの……」

 彼は急に恥ずかしくなって赤面した。この辺りで最も安いと言われる宿の名など、王はきっと知らないだろう……。

「……まことに恥ずかしながら、私はあのように柔らかな寝床で寝たことがありませんでしたから、昨夜はその、心地良すぎて却って寝つけず……」

 しどろもどろになりながら、彼は言った。

 王が気分を害するかもしれないと不安に思ったが、王は珍しい生き物でも見るように彼の顔を見つめ、

「……そうか」

 と言うに(とど)まった。

 野宿も平気でするような男でも、寝つけないことなどあるのか、とその目が言っているように、彼には思えた。

「……まあ、良い。では金を渡させるゆえ、どこにでも泊まってくるがよい。そなたの部屋は空けておく。いつでも宿を引き払って城へ来て構わぬぞ。なに、慣れればなんとかなるものだ」

「ありがとうございます」

 彼は深々と頭を下げた。


 その夜、彼の泊まる宿は大賑わいだった。

 ここに「救国の英雄」がいるという噂があっという間に広がり、人々が彼を近くで見たい、言葉を交わしたいと言って次々と宿へ押しかけたのだ。

「空き部屋はもう無いが、夕食だけの客も特別に入れてやろう。ただし金はちゃんと取るぞ!」

 宿の主人が自慢げに言った。

 「救国の英雄」には客引きの効果があるだろう、と主人は読んでいた。読みが当たって嬉しいのだ。

「がめついぞー!」

 という野次が飛んだが、主人は気にしない。

 思ったとおり、この客は王から褒賞金を貰ったらしい。それならもっと良い宿に泊まればよさそうなものなのに、ちゃんとこの安宿に金を持って来てくれるのだから、義理堅い男だ、と主人は考えた。

 抜け目のない主人は今夜のために大量の食材を買い整えていたが、もしも今日、彼が来てくれなかったら、それがそっくり残ってしまうところだった。

 一応腐りにくい物を選んではいたが、消費しきるまでにはそれなりに時間がかかったはずだ。

 それが実際はどうだ。食堂の椅子は完全に埋まり、壁際(かべぎわ)に置いてある食材保存用の木箱や酒樽にまで人が腰掛けている。主人の娘はその間を飛び回るように注文を取り、父親が休みなく作っていく料理を次々と配った。

 食材はむしろ足りなくなりそうだった。

 常になく活気溢れる食堂を見て、宿の主人は当初の約束どおり、彼の宿代と食事代は――少なくとも今夜の分は――取らないでおこう、と決心した。そうすれば彼は、この宿と宿の主人の顔を忘れないはずだから。

 彼の存在はこの宿に、そんな少額の金など問題にならないほどの利益をきっと返してくれるだろう。

 宿の主人はご機嫌だった。

 こうして、賑やかに夜は更けていった。


     *        *


 残された八人の中に、弓使いと槍使いがいた。

 弓使いが遠くから矢を射て怪物(モンスター)の注意を引きつけ、その隙に槍使いが攻撃を仕掛けた。

 しかし、ダメージは与えたものの、一発で仕留めることができず、槍使いは殺されてしまった。


 戦いの途中、倒壊した建物の陰に隠れている子供達を発見した。

 弓使いが、今のうちに、と子供達を遠くへ逃がした。


     *        *


 褒賞金の一部を持って、彼は街へ服を買いに出かけた。

 王から与えられ、一昨日テラスで身につけていた一着以外に、彼はまともな服を持っていなかった。わざわざ宿屋へ彼を訪ねてくる者に粗末な身なりで会うのが、なんとなく恥ずかしくなってきたのだ。

 宿の主人に教えられた服屋は、彼が今まで着ていたような服よりもやや高級な品を主に取り扱っているらしい。

 店に入ると、店主がにこやかに声をかけてきた。

 彼は、店主と相談しながら、派手ではないがしっかりした作りの服を三着選んだ。

 しかし、代金を払おうとすると、店主は大袈裟なほど驚いて手を振った。

「救国の英雄からお金なんて取れませんよ」

 初来店の記念にプレゼントしてくれるという。

 それでは悪い、と彼が遠慮していると、店主は少し考え、二着分の代金を提示した。

「一着分はおまけしておきます。その代わり、今後もこの店をご贔屓(ひいき)にしてくださいね」

 そこには、「救国の英雄御用達(ごようたし)の店」になれるチャンスだ、という、宿屋の主人によく似た思惑もあったかもしれない。

 しかしそんな思惑を、店主は彼に悟らせなかった。

「……ありがとう」

 それ以上断るのも悪い気がして、彼は商品を受け取り、二着分の代金を払うと、礼を言ってその店を出た。


 宿の主人に、今日の昼は外で食べてくると言ってあったので、彼は街の大衆食堂へ入った。

 そこでも、彼は同じように丁重に扱われた。

 料理人が出てきて挨拶した後、普通の値段で大盛りの料理を出してくれた。さらには持ち帰りまでさせてくれそうだったのだが、宿で食事が出るからと言ってそれは断った。

 なんだか楽しくなってきて、彼は特に目的もなくふらふらと市場へ立ち寄ってみた。

 すると、様々な種類の野菜や果物に始まり、肉や魚、加工食品に香辛料まで次から次にプレゼントされ、市場を抜ける頃には、何も買っていないのに一抱えもある荷物ができていた。


 その日はどこへ行ってもそんな調子だった。

 誰もが笑顔で彼を迎えた。

 彼は気分が良かった。


     *        *


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