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2. 英雄、歓迎される


 怪物(モンスター)退治のためにその九人が集まったのは、全くの偶然だった。

 往来の真ん中で起こっていた喧嘩(けんか)を彼と彼の親友が止めに入ろうとした時、全く同時に同じことをしようとした者が三人いた。彼らと同じような若い二人組と、もっと年長の男が一人。

 そうして一ヶ所に集まった五人と、喧嘩の当事者、およびその連れが一人ずつで、合わせて九人。

 皆、(おのれ)の実力に自信のある者達ばかりだった。

 話の流れで、一緒に怪物を倒すことで互いの力量を証明する、ということになった。


     *        *


 城のテラスで民衆の声に応えた日の夜。

 彼は城の宴に招かれた。

 行ってみると、広くて長いテーブルにずらりと食器が並んでいた。

 ――そういえば、最近ろくな物を食べていなかったな……。

 夜までに一眠りして、疲れも少し取れていた彼は、その時自分の空腹に気付いた。

 召使いに導かれ、王の隣席に座る。

 テーブルは入口から見て縦に長く、王は部屋の奥、一人だけ短い縁を前にして座っていた。その隣、角を曲がってすぐのところが、彼の席だった。

 王の反対隣、つまり彼の向かいには、王妃が座った。

 自分のような人間が正面から見るのは失礼な気がして、彼は視線を逸らした。

 彼と王妃より下座に、国の要職に就いている貴族達がずらりと並んで腰を下ろした。

「皆は当然知っていると思うが」

 王がそう前置きして、彼を全員に紹介した。

 その後貴族達が順番に自己紹介したが、彼はほとんど誰の名前も憶えられなかった。名前がやたらと長かったせいもあるし、どうせ今夜限りの付き合いなのだから特に憶える必要もないと彼が思っていたせいもある。

 紹介が一通り終わると、皆で彼の功績に乾杯し、そして宴が始まった。

 王が(みずか)ら、彼に話しかけてきた。

「ここの料理人は腕が良い。存分に味わいなさい」

 雲の上の存在だったはずのひとが、こんなに親しく声をかけてくれている!

 彼は料理を口に運んでいた手を止め、緊張しながら頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 これまで遠いと感じることさえないほど遠かった「偉いひと」との距離が、少し縮まったような気がした。


 給仕係が次々と料理を運んでくる。宴というから酒がメインかと思いきや、食事の量も予想外に多かった。

 前菜も主菜もそれぞれ何種類もあり、しかも間を置かずに出てきた。今日は彼のための特別コースだという。

 彼の正面には籠が置かれ、柔らかいのと硬いの、二種類のパンが山のように盛られており、いつでも好きなときに好きなだけ取って食べて良いとも言われた。

 彼は作法が分からないことを気にして、最初のうちは周りの人の真似をしながら食べた。

 だが共に食卓を囲んでいた者達は、そのことについて特に触れたりはしなかった。「彼は自分達よりも身分が(いや)しいのだから、礼儀作法がなっていないのは当たり前だ」と考え、彼が食器を触れ合わせて音を立てても、本来は少し残すべきである料理の皿を空にしてしまっても、見て見ぬ振りをした。

 貴族達は皆、自分の領地を持っており、領民から税を取り立てている。怪物(モンスター)のせいでこのところ税を下げなければならなくなっていたが、彼が怪物を倒してくれたおかげで近々税を戻すことができるだろう、と貴族達は考えていた。

 ――まったく英雄様様(さまさま)だ。彼に対しては、充分感謝しなければなるまい。

 もちろん言葉には出さないが、それが貴族達の共通した思いだった。

 ……周りがそんな様子なので、初めは遠慮していた彼も次第に慣れてきて、大いに食べ、飲んだ。

 料理の味は最高だった。


     *        *


 まずは情報収集から始めた。

 三頭の怪物(モンスター)は別々に行動していることも、一箇所に固まっていることもあり、常に少しずつ国内を移動していた。

 最近ではその途中に建造物まで破壊していく、という話を彼らは聞いた。

 そして実際に瓦礫の山を見て、彼らは悟った。――怪物は破壊を楽しんでいる。

 元々、必要以上にものを壊す習性のあったやつらだ。人間は脅威になりえないと思って調子に乗ったのかもしれない。

 抵抗さえしなければ安全だ、という認識は変えるべき時が来ているようだった。怪物が生きている限り、「安全な場所」などどこにも無い。少なくとも、一般庶民には。

 ある場所で一頭の怪物が暴れているという話を聞き、彼らはそこへ向かった。


     *        *


 宴の次の日。

 彼は街へ出た。

 昨日のうちに彼の似顔絵があちこちで配られていたらしく、どこを歩いていても次から次へと人々が声をかけてくる。

 彼が「宿屋を探している」と言うと、あそこがいい、いやあっちのほうがいい、と皆が口々に言った。

 といっても、宿屋の数自体がそう多いわけではない。主に二箇所について、あちらは料理が旨い、あちらはサービスが最高だ、と意見を戦わせているようだった。

 なるべく安いところがいい、と彼が言うと、人々は首を傾げながらも、彼に今まで話していたのとは違う一軒の宿屋の場所を教えてくれた。

 彼の家と家族は怪物(モンスター)によって失われてしまっていたため、彼は昨晩城に泊めてもらった。しかし、あまりにも広すぎる部屋に彼一人、という状況は落ち着かなかった。仮眠をとった時は疲れていて気付かなかったし、昨晩も実は酔っていて何も感じなかったのだが、ふと夜中に目を覚ました後は眠れなくなった。

 天蓋付きのベッドは枕側の一端だけが壁に接していたが、他の三方の壁にはどんなに手を伸ばしても届きそうになかった。

 それもそのはず、彼に与えられた部屋は、彼が元々住んでいた家全体を合わせたより、なお一回り広かったのだ。

 彼は家では母と弟と一緒に暮らしていた。家が狭く、この年齢になってもまだ弟と寝室が同じであることを、彼は不満に思っていた。

 だが。

 広い部屋を独占して寝ることが必ずしも幸福とは言えないということを、彼は初めて知った。

 ――決して外へ出るな。

 彼は二人の家族に向かってそう言ったことを後悔していた。

 ――怪物が来て畑を荒らし回っても、家に隠れておとなしくしているんだ。

 怪物退治のため故郷の村を離れる時、彼はそう言い残していた。

 しかし、彼と入れ違いのように村へ入ってきた怪物は、彼の家を、中にいた人間ごと潰して去っていった。

 仲間と共に村へ駆けつけた彼は、自分がいない間にすっかり様相の変わってしまった故郷を前にして、茫然と立ち尽くした。

 彼の隣で、故郷を同じくする親友も茫然としていた。

 その時から、二人の怪物討伐の理由に、私怨が入り込んだ。

 ……そんな記憶が、夢とも回想ともつかぬ形で蘇り、その後ずっと、朝まで彼を苦しめた。

 日が昇ると、彼は荷物をまとめ、部屋の前に控えていた衛兵に「出かける」と言い残して城を出た。

 今夜はどこか別のところへ泊まろうと考えていた。

 所持金のあまり無かった彼は、こうして安く泊まれる宿を探すことになったのだった。


「なるほど、ここが……」

 言われた宿に到着した彼は、思わずそう呟いた。

 こぢんまりとした四角い建物は何の飾り気もなく、いかにも安っぽい。ただ手入れが行き届いているのか、(すさ)んだ印象はなかった。

 中へ入ると、人一人が入れる大きさのカウンターの奥にいた男が顔を上げた。そして、

「あ、あなたは!!」

 彼の顔を認めて目を(みは)る。

 男は今まで帳簿をつけていたらしい。顔を上げる直前、髪の薄くなっている――というより、ほとんど生えていない――(とう)頂部(ちょうぶ)が真っ直ぐこちらを向いているのが見えたので、彼は思わずそこを目で追いそうになった。

 その衝動をなんとか堪えて、人々に聞いた話を思い出す。

 ここは親父さんと娘が二人でやっている宿であるという話だったので、この男が宿の主人だろう、と考えた。

「実は、泊まるところを探しているのですが……」

 彼は照れ笑いを浮かべながら、金はあまり無いがここなら安く泊まれると聞いた、と説明した。

「なんですって?」

 主人は呆れたように言った。

「国王陛下から何も頂かなかったんですか? 褒賞金なり、土地なり……普通は何かあるでしょう」

「いえ……」

 彼は戸惑った。元々、報酬が欲しくて怪物退治に行ったわけではないのだし……。

「まあ、うちとしては、泊まっていただいても構いませんよ。なんなら、三食付けます」

 彼の戸惑いをよそに、宿の主人はそう言って、禿げ上がった頭頂部(あたまのてっぺん)をつるりと撫でた。

「はあ、いや、しかし……」

 彼の困惑はますます深くなる。

 宿の主人は彼が王から何か貰うのを期待して言っているのかもしれないが、現在のところ彼にはほとんど持ち合わせが無い。結果的に料金を踏み倒すことになるかもしれないのだ。

 そう伝えると、

「何言ってるんですか! あなたは救国の英雄なんですから、もっと誇りを持ってください。金なんぞ要りません」

 宿の主人は力強く言って豪快に笑った。

「しかしそれでは――」

「気にするこたぁありません。あなたが泊まっているとなれば、うちの評判も上がるってもんです」

「はあ……」

 宿の主人に押し切られる形で、彼はその宿に泊まることになった。


     *        *


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