報告
森を抜け王都へ続く道を二頭の馬が駆ける。一人は左腕に深い刀傷を負った男、その隣で彼の傷を見て顔を歪める少女。
「そんな顔するなって、さっきも言ったろ?見た目程大した傷じゃないって。」
そう言って微笑むエドの振る舞いに「....ごめん」とメイラは俯いて弱弱しく呟く。
どうしたものか、よほど責任を感じているのかさっきから彼女の態度はこうなのだ。肉を裂き骨まで断ち切られる事態にならずに安堵したが、かなり痛い。黒服....『ラース』を前にしていた時は興奮状態で痛みをあまり感じなかったが、遺跡を立ってしばらくすると左腕を激痛が襲い始める。腕だけならまだマシなのだが、痛みは腕だけに留まろうとはせず頭の内側でガンガンと暴れまわって頭痛を引き起こしている。
ほんとうなら呻き声でもあげて「痛い痛い」と苦痛を現したいところだが、メイラの前でそんな事が出来るわけも無く、傷などどこにも負っていないと涼しい顔を作って耐える。
「メイラ、見えてきたぞ、もうすぐ王都に付く」
俯くメイラに告げて前方を指す。周りを覆う防壁は所々が崩れ落ちていて、今はその機能を十分に果たせそうも無い。それでも正門だけはこれといった破壊の後も無く存在を主張している。門の前に立つ騎士に近づき、話しかける。
「騎士のエド・カルマンとメイラ・ネイワールだ。門を開けてくれ。」
「これまた随分と酷い傷だな、早く手当てした方が良いぞ。」
エドの左腕の傷を見て痛々しいと彼は態度で表す。そんなことは無いと言い返そうとしたが、メイラが先のやり取りに苦悶の表情を浮かべたので、このやり取りは早く終わらせようと口を閉じる。
門番をしていた騎士が門に作られた小さな小窓から中の騎士に門を開けるように告げている。
門が開き王都の中へ進む。目の前に広がるのは相変わらず酷い有様の城下町と懸命に生きている人々。彼らに傷を見られない様にそっと左腕を隠すようにする。王城に向かう途中、身体に負った傷のことで「どうしたのか」と心配されたが、左腕以外は掠り傷だったので「大したことは無い」と言って先へ進んだ。
扉を開き広間へ、前方にある階段を上り、二階の通路を真っ直ぐ最奥の部屋へ。
「失礼します、エド・カルマン、メイラ・ネイワールただいま戻りました。」
ノックをしてからそう告げて扉を開く。団長は読んでいた本から顔を上げると「ぉお!待っておったぞ」と言い椅子から立ち上がる。
「任務は上手く言ったか?遺跡は破壊出来たか?」
「はい、遺跡の破壊は任務通り達成しました。国民に気づかれた可能性も無いかと思います。」
「そうかそうか、どうやら君達に任せて正解だったようじゃな」
団長は満足そうに頷き、その顔に笑みを浮かべた。
「ただ、いくつか報告があります。遺跡の中で魔の使いが現れ交戦しましたが逃げられました。」
浮かべていた笑みが消え怪訝な声で聞き返す。
「遺跡の中でじゃと?外ではなくか?」
「はい、遺跡の中でです。それも始めから遺跡に潜んでいたわけでもなく奴は突然現れました。あれは間違いなく魔法です。」
聞き返してきた団長の質問に頷き、詳細な情報を伝える。
「それから魔の使いと交戦、今までの奴らと違いかなりの強敵でした。それと自分の事を邪神の使い『ラース』と名乗っていました。」
団長はエドの報告を黙って聴き、考え込む様に顎に手を当てる。
「ふーむ、ラースか....心当たりは無いが、邪神の使いの名を名乗るとは、只者ではないらしい。」
顎から手を離し団長が口を開く。
「奴が遺跡を出現させたと見て間違い無いと思われます。」
「そうじゃろうな、じゃが問題は奴がどうやって結界内に侵入していたかと言う事じゃ。いや、『いつから
王都に潜んでいたか』じゃな」
「遺跡は破壊し王都に悪魔が流れ込む事態は回避したが、そのラースと名乗った魔の使いがいつから潜んでいたのか突き止めんことには、まだ安心は出来ん。他にも潜んでいる仲間がいてまた遺跡を出現させるかもしれんからな。」
「エドにメイラよ、二人には引き続き任務に当たってもらいたい。奴が潜伏していた場所を突き止め、他に仲間がいないか探ってもらいたい。もちろん気づかれない様に慎重にな。」
「はい、お任せください。かならず突き止めて見せます。」
新たな任務にエドは力強い声で答える、そのせいで腕の傷がヂクリと痛んで苦痛が顔に浮かぶ。
「何じゃその傷は、見たところだいぶ深手じゃ、報告はもう良いから早く手当てしに行くのじゃ。」
団長にそう言われお辞儀をしてから扉へ向かう。扉を開けてメイラが外に出てエドも出ようとした所で足を止め団長に振り返る。
「それともう一つ報告が、ラースは自分たちの事を『教団』と呼んでいました。」
言い終えて扉の外へ出る。
「ふ、教団などと名乗って....ラースの奴め、やっと姿を現しおったか。」
本棚から一冊の本を抜き取りボソリと呟く。
「実に15年ぶりじゃなあ」
薄っすらと笑みを浮かべて口角を吊り上げ、手に取った本の表紙をスーッと指で撫でる。『宗教戦争』と書かれた、王国を壊滅させ騎士が台頭する原因をつくった15年前の戦争が記された書を。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
かつては数多くあった客人を迎える一室、そこは今は医務室として使われ、その部屋でエドは腕の治療を受けていた。
「ぁづ!ちょ、もう少し優しく頼みます。」
「20越えた大人がギャーギャー弱音吐くんじゃないよ。」
左腕の傷に消毒液をぶっかけ傷を塗っていくトルネへの頼みはさらっと聞き流され、こちらが叱られる。
「それにしてもあんたがこんなに深い傷を負うのも珍しいわね。」
「まあ任務がちょっと特殊だったんで....痛いです」
「特殊ねえ、まあそう言うことなら詳しくは聞け無いけどさ。」
チラと、トルネがエドの横で申し訳なさそうにしているメイラを見る。彼女に目立った傷は無い、ということはエドが彼女を庇ってこんな傷を負ったんだろう。そう推理して短く溜息をつく。
「深くは知らないあたしが口出すのも野暮ってもんだろうけど、メイラももっと強くなりなよ。こいつは一人で守りきろうとするアホなんだからっと。はいお終い、完全に塞がるまでには時間掛かるだろうからしばらくは安静にしてるように。」
トルネに言われてメイラは俯いてしまう、硬く握り閉めた拳から彼女が悔しがっている事が分かる。
彼女も守られるより守りたいと思っているのだろうとトルネは苦笑する。
綺麗に縫われた傷口を見てトルネに礼を言う。
「あーあー良いって、これがあたしの仕事なんだから」
礼はいらないと椅子にもたれ掛かって手を振る彼女だが、緩む頬が礼を言われた嬉しさを隠しきれていない。
「こういう所は可愛いんだから、もう少し女性らしくすれば結婚も出来るでしょうに」
俯いていたメイラがその言葉にムスっと不満を表して軽く頬を膨らませてエドを見るが彼の視界からはメイラの表情までは見えない。
そんなエドの物言いに、透き通る様な長い銀髪を揺らし腕を組み豊満な胸を強調する。
「可愛いのは認めるけどあたしの何処が女性的じゃないって?この胸も顔も髪も、腿がチラッと見えるスカートもかなり魅力的だと思うけど」
「自分で言うところがね、俺が言いたいのは外見じゃなくて振る舞いですし」
「良いんだよあたしはこのままで、こんな世界で結婚するなんてあたしはお勧めしないね」
そう言って割れた窓から城下町を眺めるトルネの表情には哀愁が漂っている。
実際トルネの言う通り、15年前の戦争で甚大な被害を受けたこの王国....『元』王国では生まれて来る事が不幸なのかもしれない。食料面では問題は無い、寧ろ余裕があると言っていいだろう。15年前の戦争で王族は死に絶え国民の大半が魔の使いに殺された事で必要な食料が減った事も一つの理由ではあるが、一番の理由は奴らが畑を焼き払い、家畜を殺そうとしなかった事だろう。奴らは国民に狙いを定め、その命を奪っていった。
なら何が問題なのかと言えば、衛生面だろう。戦争が終わった後、そこには大量の怪我人が溢れた。彼らの治療には大量の薬や包帯を使い、王国が保有していた医療品は一気に減った。残った医療品は騎士の治療にのみ使われることとなり、今に至る。だから悪い病気を患ってしまうと治療することは出来ず死んでしまうことがほとんどだ。国民に医療品を使えない事をエドは不満に思っているが、悪魔と戦う騎士がいなくなれば彼らは簡単に殺されてしまう。だから騎士が優遇される事は頭では分かっているが、はいそうですかと簡単に納得出来るわけも無い。
「さあ、傷は縫ったんだ。後は部屋でゆっくり安静にしてな。」
城下町を見下ろしていたトルネはいつの間にか窓から身体を離し難しい顔をして俯いていたエドの前に立っていた。
追い出される様な形で医務室を後にするエドとメイラ。トルネの言う通り部屋に戻って今日はもう寝よう。
「疲れたしな」
潜伏者の調査とラースが王都の何処に潜んでいたのかは、明日起きてから始めよう。そう考えていた時、エドのお腹から空腹を主張する音が鳴る。そういえばまだ夕食を食べていなかった。
「メイラ、寝る前に夜ご飯食べに行くか」
エドの呼びかけに少女は頷く。
そういえば、出発する前に帰ってきたら何を食べるか考えていたとメイラに言ったことを思い出す。あの時は誤魔化す為に言ったのだが....ふむ、今日は野菜スープと肉にしよう。
それなりに遅い時間帯だが食堂にはチラホラと人が居た。食堂のおばちゃんから例のメニューを受け取り、メイラと一緒に手近な席に座る。食事に手を付けながら今日の事を振り返り、ラースに言われた事を思い返す。「歴史の本でも読んでみると良い」「君は本当に騎士か」「あの国がなんなのか、騎士団がどういうものか」
奴が何を考えているのか分からないが、調べてみようか。
「歴史の本か....」
王都でそんな本と言えば団長室のあの本棚にあるだろう。王国が滅ぶ前からそう言った類の本は全て王族が城の中で管理していた。国民が読む本と言えば、童話や娯楽本といったものだ。歴史関係ならまず間違いなくあの場所以外には置いていない。
「と言っても、あそこの本は団長の許可無しには読んじゃいけない事になってるからな、任務が終わった後にでも聞いてみるか。」
夕食を済ませメイラと分かれたエドは寝床に身体を沈める。
「とりあえず明日は、調査だな」
目を閉じて眠りにつく。
明日は忙しくなりそうだ。