2.
初めて会ったのは1年ほど前のある晴れた日、おばあさんが森へ出ていた時のことでした。どうして森にいたのか、その理由は忘れてしまっても狼を初めて見た時のことはおばあさんの記憶に鮮明に残っていました。
その時も狼はやせていました。今よりも肉がついていましたが、折れそうに細い手足と躯、おぼつかなげな足どりが弱っていることを示していました。それなのに、我が子を守ろうとする兎を守っていたのです。狐がやってきて兎やその子供を食べようとしましたが、狼は全力で追い払いました。それこそ死に物狂いで。
最初は狼が兎を食べるつもりなのだろうと思いましたが、狐を追い払った後も狼は兎に手を出そうとはしません。それどころか、早く子供のところへ帰れと言うようにに顔で示していました。
息も絶え絶え、疲れと空腹で動けない狼におばあさんは近づきました。食べられるかもしれない、そう考えましたが、すでに病気で助からない体、この心優しい狼を少しでも助けられるのならば本望だと思いました。
木の間隔が広く、小さな原っぱになっている場所で、おばあさんは狼に近づきました。1歩、また1歩。狼はおばあさんに敵意がないことを知っていたのでしょうか、初めこそおばあさんをにらんで立っていましたが、その場に黙って座りました。ならうようにおばあさんも、狼の隣に腰をおろします。
それからしばらく、おばあさんと狼は動きません。黙って小鳥のさえずりに耳をすませ、木々の呼吸を感じていました。時おり姿を見せる森の動物たちは遠巻きに探るような視線を向けてきましたが、狼が何もしないことを確認すると興味をなくしたように、いつもの森の喧騒が蘇りました。
夕方になり、西日が森を朱く染めていきました。
そろそろ家に帰らなければね。
おばあさんは立ち上がって家の方向へ歩きだしました。狼は座ったまま、尻尾を左右に振って見送っていました。