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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者が転生してきた某月某日のこと

作者: やちひそ

 ちょっとかわった転生チート勇者ものです。

 純粋な転生モノではありません。

 ご了承くださいませ。

 殴打。

 俺は学園の五階、バルコニー状にせりだしたカフェテラス。そこでアールグレイを嗜む女。三年間、ずっと片思いしていた彼女……南風佳奈みなみかぜかなを右拳の骨が砕ける勢いでぶっとばした。案の定、南風佳奈はガラス張りの手スリに華奢な身体を痛打。甲高い破砕音とガラスの破片にキザまれ、ヘモグロビンやビタミンなんちゃらがたくさん入っているだろう血液を噴出。勢い余って、手スリをオーバーし、俗に言う絹の黒髪を振り乱しながら。殴られた、頬ずりしたくなるほっぺたから、奥歯と前歯をまき散らして落ちていった。地上五階からの落下はどんな気分だろうか。想像しただけで痛そうだ。……だから、俺の胸の内が、どんどん高鳴っていったのは当たり前のことだった。

 

 某年、某月、某日、某時間。太陽はてっぺんで我が物顔。

 俺の、ブラックホールを三秒で埋めそうな怒り。腹に溜まったソレを内臓ごとぶち撒けたくなったのは、こういう理由からだ。

 『南風佳奈の、マイセンのカップを持つ手が、右手だったから』

 それで彼女が別人だったことがわかった。いや、違うか。

 彼女がチート野郎に喰われたのがわかった……だ。

 

 某年、某月、某日、某時間……その三時間前。

 学園登校時間の九時に校門をくぐろうとした時、時間が止まった……らしい。

 「ちょっと! そこの金髪碧眼のキミ! 時間止めたから……。ゆっくりとお話ししたいの。転生してきたやつのことっ!」

 「転校?」

 「転生! ……あ、まだ会ってないんだ!?」

 青髪ツインテール、白のゴスロリが現れた。身長が俺の腰までしか無い。十歳くらいだろうか。こんなこと大まじめに言うのも馬鹿みたいだが、一応言っておく。

 現実に青い髪の人間なんていない。

 だからこいつは、人外だってことが確定している。現れた瞬間にチューレンポートーのテンホーとかいうやつだ。青白あおしろちびっ子が聞いてもいない説明をしてくる。

 「いい? この地球の東京とはまったく違う世界から、数千年間ずっと引きこもってた、体重120キロのおデブ、親のすねっかじりが転生してきてるの。このまま数日もすると、この世界の何倍も進化している様々な知識と、ありあまる稀有な才能を使って、この世界で勇者と呼ばれるようになる。そして、ソイツは世界を救うのよ!」

 気の抜けた返事をする俺。どうして一言で終わることを迂遠に言うのか。

 『異世界からチートなニートがやってきて、勇者でハッピー』

 そういうことだろう?

 「青白ちびっ子よぉ。何が悪いんだ? どっかからきたクソ勇者様がチートで敵をやっつけるんだろ? チートで活躍されたって、こちとら褒める気も何も起きねえが……別に世界を救ってくれるぶんには邪魔する気はないぜ?」

 ほろほろっと。青白ちびっ子が拗ねたように口唇を山なりにして、涙を流した。ふりふりスカートのスソをぎゅぅっと握り、俺の顔を見上げてくる。……かと思ったら、だっと走ってきて……俺の腰あたりに顔をうずめる。そして抱きついてくる。腰あたりの制服の布で涙を拭いながら、衝撃発言……。

 

 青白ちびっ子のセリフを聞いた後、とんでもない速さでカフェテラスへ向かった。あくまで人間としての範疇でだ。だが……

 『勇者の転生体がママなんだよ……? 私……生まれてこれなくなっちゃうよ!? そんなの嫌だよぉ…………………………パパぁ……』

 反則。反則勝ち。ちびっ子は俺に反則勝ちだ。頭にくる。色々な意味でだ。頭にくるといえば、さっきからテレパシーっぽい感じで、ちびっ子の声が脳内に響いてくる。耳を通ってこないマイベイビーの声は……コンビニのお菓子コーナーを買い占めてやりたい気分にさせやがる。

 ――パパッ! ママはね、実はエルフの真祖なの。二人は今日のお昼休みキッカリにカフェテラスで運命の出会いをするの。そして、愛を育んでいく。ママと妖精界で過ごしたパパは永遠の命を手に入れるの。そして数千年後に私を産んでくれるの……。なんか自分で言ってて照れちゃうな……へへ――

 「永遠の命って……ファンタジーも極まったら、狂人の発言とまったく大差ないな」

 ――それでね、パパ! 私の十歳の誕生日にパパにこの服、買ってもらったんだ! すごくすごく嬉しくてね、ぴょんぴょんって飛び跳ねて……ベッドの中で寝るときに抱いて寝たんダ…………ァ……――

 「……? おい? どうした? マイベイビー? おいおい……電波切れか?」

 発言と同時にカフェテラスに着いた。

 

 目の前に三年間、片思いしてきた南風佳奈がいた。紅茶を嗜んでいる。その凛とした仕草はさすが俺が惚れているだけのことはある。いつもなら名前からもじって「かぼちゃっ子」と呼ぶと、少し赤くなった頬に熱を帯びながら。

 『その変な呼び方やめてよぉ! もぉ……。漢字違うし……』

 とお決まりのフレーズを、懲りずに何回も言ってきてくれる。俺の幼なじみ。ガキを創るならこいつしかいない。だから片思いの三年間は、例え報われないとしても、別に惜しくない出費だ。

 だのに、目の前にいる南風佳奈は。

 「はぁ? あなただれですの? 紅茶が冷める前に消えてくれない?」

 と、どこかの美少女ゲーム中毒患者か、深夜アニメ大好きなデブみたいに変に偏ったしゃべり方で返答してきやがった。

 「ちっ……間に合わなかったか」

 眉尻を下げた南風佳奈は俺の発言から推測したのだろう。

 「お前……知っているのか?」

 転生は完了していた。いわゆる最悪の遅刻。未来の妻、嫁、ママは転生勇者に喰われた。

 だから……要するに…………俺のさっきまでいたマイベイビーはもう死んだ(きえた)っていうことだ。

 

 某年、某月、某日、某時間……南風佳奈デブオタゆうしゃをぶん殴った三秒後。

 「スカイハイウィング!」という声とともに、バルコニーに戻ってきやがった。そういう技名を唱えるのは中学二年生までにしておけよ……。

 だが、その怒りがさらに俺の意識を沸騰させていく。

 南風佳奈は、空中に浮きあがり、旋回しながら呪文を唱える。終わると同時に俺に向かって遠慮なく撃ってくる。強烈な熱波が迫ってくる。どうしようもない一般人な人間の俺は横っとぶ。後ろにいた女生徒数人は声を上げる間もなく骨ごと燃え尽きた。目玉だけごろりと転がる。目玉だけでも焼け残ったのは僥倖か。勇者なのに平気で人殺すのかよ……。転生前に何があったか知らねえが、女と子供を平気で殺す奴なんて信用ならねえ。

 「ハイレジェンドソード! 高レベルのエルフを舐めるな!」

 あ”? 人の未来の嫁だったモノを喰ったやつが何言ってんだ? それはお前の力じゃねえ、嫁の力だ!

 たぶんだが伝説級の剣で薙いでくる。半端じゃない速さで残像しか見えない。切っ先ではなく、南風佳奈の肩口の動きを見て、避ける。ザンッ! という大げさな音とともに、鉄筋コンクリートでできた床が十メートルくらい切り裂かれた。……チート過ぎんだろ。

 どうやら、出会い頭にぶん殴って折れた歯のかみ合わせが悪いらしく、どこかもごもごして爺さんみたいだ。

 その後も、チート級の魔法で雷とか、暴風とか、ゴーレム? とかドラゴンとか色んな攻撃をされた。俺はことごとく避ける。無様に。泥臭く。嫁とベイビーを殺されたんだ。アスベストくらいなら余裕でお茶漬けにして食ってもいい。ああ……また、女生徒が巻き添えで死んだ。五階だから階段が壊れたら逃げれないんだよなあ……。

 「くそ! なぜ当たらない!?」

 何を莫迦なことを言ってるんだこいつは。ご丁寧に攻撃前に技名を叫んでくれて、避ける間を与えてくれてるじゃないか……。気づいてない……のかな? さすが勇者様。

 手近にあった手の平2つ分のガラス片。それを両手に持つ。柄がついているわけでもなく、ガラス片の側面にそって俺の濁った血が滴る。

 俺は、南風佳奈が一番嫌がるセリフを言ってやることにした。

 「おい! 転生前はデブオタ引きこもりのアニオタ野郎で某掲示板でも腫れ物扱いされたあげく、運良くチート転生できてwktkとでも思ってんだろ?」

 ああ……図星だったか……。みるみると顔が紅潮し、青筋が立ってくる。ウィングなんちゃらてきな呪文で空に舞い上がった後、垂直落下で俺に伝説のなんちゃらソード? を刺してきた。

 「つらぬけえ! はぁあああああああああ! 悪を討つ!」

 いや……文字数多いし、むしろお前のほうが悪だろ……。人の嫁の人生……エルフ生? を横取りしといてそれはない、それはないだろ……。

 よっぽど頭に来ていたのか、何の考えもなしに垂直落下。当然、それを半身だけで躱す。南風佳奈は、自分の威力に自分で耐えられなかったのかもんどりうって、仰向けに倒れた。

 俺は、そのまま馬乗りになる。持っていた二対のガラスで……嫁と子供の恨みをはらす。

 その端正な陶磁器の顔に、思い切り、ガラスをナイフ然と刺しまくる。グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……刺した後かきまわした。

 南風佳奈は痛みには弱いのか、ぐちゃぐちゃになった顔を元に戻そうと……というより痛みから解放されたいのか「グレーターヒーリング!」と発狂じみたように唱えている。その回復魔法? とでもいうのだろうか。それが発動すると、ぐずぐずと傷口が回復し、ほんの三秒程度で元に戻る。

 「なるほど……。これなら確かに、数人でタコ殴りにすれば、魔王とか倒せそうだよな。タイマンで魔王と戦わないところがまた小憎らしい演出だな……」

 グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……グサァ、サク、ザシ、スパ、グッチャグッチャ……

 回復するのに三秒。俺は一秒につき三回の斬撃。

 元通りになって切って、元通りになって壊して……まるで壊れないおもちゃ。ビクビクと痙攣している体。少し揺れている胸がどこか蠱惑的で、子供が同じおもちゃでずっと遊んでいる姿をフラッシュバックさせた。

 転生デブオタアニオタエルフ伝説装備レベルカンストレアスキルコンプリート勇者が、ぐちゃぐちゃの顔のまま、こう言った。

 「もうコロシテ……。コロシテ……」

 反省するなら猿でもできるとはこのこと。反省して許したらどうなる? 戻ってくるのか? 死んだ嫁、死んだ子供、死んだ女生徒、壊れたオブジェクト……。

 「おい……。後始末もとにもどしてしていけよ!」

 ………………。無音。

 一瞬、見えないエクトプラズムじみたものが虚空に消えていったようだった。たぶん転生しなおしたのか……元の世界に戻ったのか……?

 後に残ったのは、ぐちゃぐちゃの血で染まった自分の嫁の斬殺死体だった……。

 

 それから三十分後。

 どう考えてもバッドエンドな惨状の廃墟と化した学園。死んだ生徒。嫁。子供。

 もう寝ることにした。

 よし、寝るわ俺。もう寝る。マジで。もうどうしようもねえ。警察が来るのを待つしか無え……。

 刹那、神々しい光に包まれた、ぐちゃぐちゃの嫁が起き上がってきた。

 「ぅひゅおおおぃあお……オ……オオ……!?」

 生きてきたなかで一番のスプラッター映像が目の前に繰り広げられて、奇妙な声を上げてしまった。

 ニチニチ。挽き肉をこねる音。南風佳奈はしゃべろうとするも、口唇が原型をとどめていないのだからしゃべることができない。一呼吸おいて、顔に手の平をあて、暖かい光が数回またたくと、顔が元に戻った。

 南風佳奈は左手をメインに動かし、顔や、体の怪我を確認している。

 「かぼちゃっ子……。お前か?」

 目を真ん丸に。セミロングの黒髪を確かめるように左手で触っている。

 …………どっちだ? 嫁か? クソ転生勇者か?

 逡巡。逡巡。また逡巡。「あー、あーあー、てすとーてすとー」と自分の声帯でマイクのテストなことをやっている。

 ん……? こいつは……。

 「嘘……!? ヒナがママになっちゃったよ、パパぁ!!」

 娘が転生してきて嫁になった。

 名前はヒナというらしい。


 転生チート勇者を、一般人がぶっ殺すというチート崩しをやりたかっただけです。

 千文字のつもりが、五千も……。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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