第1章 異界からの使者
第1章 異界からの使者
<厄魔>とは何か。
21世紀中頃、大西洋に中規模の隕石が落下した。
NASAも撃墜出来なかったその隕石の落下以後、海中よりおぞましい異形の生物が溢れ出た。
それが<厄魔>の起源と言われている。
奴らは肉体構成に一貫性が見られず、ただ人間を襲い、殺した。
戦争初期は、各国とも沿岸部に正規軍を配置し、水際で<厄魔>の本土上陸を阻止していた。
やがて1体2体と防御線を突破するものが現れ始め、それら<厄魔>は上陸を果たすと露と消え失せた。
そうかと思うと、形態と数を変じて突如内陸のあちこちに出現を始めたのだ。
ここに至り、各国とも対応を改めざるを得なくなる。
沿岸部の防備はそのままに、二正面作戦として内陸の<厄魔>駆除に乗り出した。
ほとんどの国がその負担に耐えきれず、沿岸部からの侵攻により滅んだ。
アフリカ、東南アジア、北欧、英国…と、次々と人類勢力が後退を見せた。
ここ日本では、急増の学兵を育成・導入し、20年の間内外の兵員を維持することが出来ていた。
中学生のうちに素養のある生徒を訓練し、高校生になるや生徒部隊を編成して内陸の<厄魔>対応に当たらせたのだ。
<厄魔>との戦争が泥沼化するにつれ、若い世代に特殊な能力を持つ者が生まれてきた。
ESP(超能力者)と呼ばれる者たちである。
彼ら彼女らは、軍の最重要地点において前線を支えた。
人類最後の希望とも言えるESPだが、数が少ない上に能力の過剰行使が祟り短命で、対<厄魔>の切り札とまではいかなかった。
パワードスーツを駆り<厄魔>を狩る生徒部隊が倒れれば、この国に未来はないのだ。
…おれはそう教えられ、11の頃から軍務に従事してきた。
染み付いた軍隊生活の癖は一生抜けないだろうと分かっていたが、こうしてまた<蜉蝣>を纏って動作を始めると、悲しい習性かショルダーガードを左手で3度叩いてしまう。
『敵戦力、15から変わらず。90%超の確率で最大戦力と推定。各員、予定通り各個撃破を』
メット内部に東山紅緒からの通信が入る。
監視塔からの精密情報がメット内臓のモニターへと通じて視界に映った。
マシンガンを駆使して河豚の出来損ないのような<厄魔>を討ち果たした。
メットのモニターを見ると、残敵2と表示されている。
各員とは音声通信で繋がっていたのだが、あまりに五月蝿いので切っていた。
おれの担当範囲の敵は殲滅したので、恐る恐る音声をオンにした。
『うわああああああああああああああああ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ぬ!うおおお…』
すぐに切る。
徳丸毅が会敵以来ずっとこんな調子で叫び続けているので、とても聞けたものではなかった。
城竜二のスコアがひとつ増え、残敵は暴れている徳丸が残した1となった。
『シバリス、徳丸君の援護を』
オペレーターからの通信が入った。
おそらくシバリスは『了解』とでも答えたのだろうが、こちらは音声をカットしているため聞こえてこない。
程無くしてシバリスのスコアが点滅し、敵性戦力の駆逐が確認された。
『オールグリーン。皆さんお疲れ様でした。所定のルートで帰還してください』
東山紅緒が抑揚の乏しい声で皆を労った。
編入から4日目。
初陣は滞りなく済んだ。
第301生徒部隊の撃破数は15、損害は0。
上出来だった。
「上出来じゃねえ」
帰還早々、城が吠えた。
徳丸は汗だくで小さくなっていた。
「すみません、アニキ…」
「マル。てめえは、ブルって仲間を危機に晒したんだ。シバリスだから良かったものの、これが人間ならてめえの取り逃がした<厄魔>に動揺して命を落としたかもしれねえんだぞ。わかってんのか?コラ!」
恵美那はさっさと<蜉蝣>を脱いでシャワー室へと向かい、シバリスは即座にメンテナンスに回されていた。
水天宮中尉と東山紅緒は管区司令部への報告に当たっている。
戦闘員控え室にいるのは、おれたち3人だけだった。
「…ラリってたんじゃねえだろうな?」
「アニキ!それはないです!それはないですよ…」
泣き崩れる徳丸。
城はおれを振り返り、「てめえは、やはりただもんじゃねえな」とだけ噛み付いてきた。
おれは曖昧な笑みで応じた。
***
授業は割と新鮮で、特に古典と倫理が面白かった。
物理や生物、世界史などは軍の教育課程で散々に叩き込まれたので今更だ。
隣で爆睡している葛西幸尚を起こす気にもなれず、取り敢えず全ての板書をノートに写した。
自炊の趣味はないので昼は食堂を使った。
使っていて気付いたのは、恵美那や城、徳丸、東山紅緒、シバリスに加えて水天宮部隊長も顔を出さないことだ。
これは放課後の訓練時に問い質してみた。
水天宮部隊長は「弁当持参だ」とだけ答えた。
東山紅緒は「……」と冷たい目と沈黙を持って答える。
「うるせえ。俺が弁当で何がいけない?」と城が答え、徳丸は「アニキ手製の弁当は旨いんだぞ、コラ」と墓穴を堀り、城に殴られていた。
シバリスは「私は食糧の経口摂取は可能ですが、必要とはしません」と答えた。
恵美那の弁当は一度1年の教室まで見せてもらいに行ったのだが、お重に何やら高級そうな彩り豊かな料理が詰められており、居心地が悪くなった。
***
「整備士は食堂派が多数ですね」
おれの<蜉蝣>を整備しながら藍沢渚が言った。
彼女も、彼女の上司たる錦少尉も毎日食堂で顔を見ることができた。
「事務員は?」
「あの方たちは購買部と繋がりが深いので…」
四海高校の購買部は昼時には群がる生徒に囲まれてカオスと化す。
とてもじゃないがきな粉パンやサンドイッチなどは入手出来そうもなかった。
藍沢が言うには、購買部の裏ルートで事務員たちには注文通りの品が届くのだという。
翌日葛西に尋ねたところ、あっさりと「欲しいモンがあったら言いな。有栖川事務長に頼んでやるから」と返された。
何でも、当の有栖川鏡子少尉は購買のクロワッサンをこよなく愛し、誰の手にも渡らせないことに命を賭けているらしい。
確かにこのご時世、たとえ合成品であってもバターのような乳製品は貴重だ。
クロワッサンは日に1個しか入荷しなかった。
1回だけ、水天宮部隊長の要望と嘘をついて葛西経由でクロワッサンを所望してみた。
すると有栖川少尉自らがおれの席に持参したので、さすがに閉口した。
葛西幸尚はゴリラと名高い偉丈夫だが、所属は事務員である。
先だってクロワッサンを入手したように、事務方における手際のよさは認めざるを得ない。
恵美那に聞くところによると「マシな男だ」だそうで、事務長の有栖川少尉の信頼も厚い。
元戦闘員が故に、現場で何が必要とされているか、その勘所がわかるのだろう。
「柩。お前部隊員の他に友達いないだろう?」
「…いない」
「何でだろうな。部隊では愛想いいように見えるんだが。…というわけで、明日のオフはクラスの女子たちとカラオケに行く」
「え?ああ、がんばって」
葛西が丸太のような腕でおれの肩をひっ掴んだ。
「お前も行くんだよ」
「えっ…」
「知らないのか?お前意外と人気あるんだよ。そんなわけでダシにさせてもらった」
***
「柩先輩、明日カラオケに行かれるそうですね」
その夜、<蜉蝣>と武装の整備の最中に藍沢渚が言った。
「なんで知ってるんだい?」
「葛西さんが食堂で触れ回ってましたよ」
…あのゴリラ。
今日は徳丸が体調不良で欠席しており、城が余った弁当を寄越してきたから食堂へは行かなかった。
ちなみに城の弁当は美味かった。
「いつの間にか行くことになっていた。歌なんて知らないのにね」
藍沢が青みがかった瞳をキラキラさせて前のめりになった。
「じゃあ、私と練習に行きましょう!練習しておかないと、女子の評価が下がると思います」
「今から?もう22時だけど…。藍沢さん、寮だったよね?門限は…」
「寮長は俺だ。別に構わないぞ。戦闘員と整備士が親睦を深めるのはいいことだ」
またも偶然通り掛かった錦少尉がニヤリと笑みを浮かべて言った。
「…ただし、深め過ぎんようにな」
「整備士長!」
顔を真っ赤にして藍沢が叫んだ。
翌朝、<厄魔>が出現して第301生徒部隊に出撃命令が下された。
***
『…以上です。柩さんと城君のカバーエリアに負荷がかかりますので、各員自分のエリアの掃除が済んだら二人の援護に回ってください。ご武運を』
東山紅緒からの通信が切れた。
『…忘れてました。柩さん、カラオケの中止は残念でしたね。以上』
『プッ』
東山紅緒の余計な追伸と、それに反応して城の吹き出す声が聞こえてきた。
『カラオケ?一体なんのことだ?』
恵美那までが乗ってきた。
『柩の優男がゴリラやクラスの雌犬どもとカラオケに行く約束をしてたんだとよ』
城までが詳細を知っているということは、葛西幸尚は余程大声で触れ回ったに違いない。
『カラオケか…。私は行ったことがないな。柩、次は私も連れていけ』
『あの式神までが転びやがったか!てめえ、柩。後でシメるぞコラ』
『待て。あの式神とは何だ?あの、とは!それと私が何に転んだって?』
『式神の姫までが優男に転ぶたあなあ。山の手が聞いたら泣くぞ。てめえ、柩。昨晩は泥亀ドジ子ともよろしくやってたらしいじゃねえか?』
…この男は、どこでそんな情報を仕入れているのか?
『えっ?アニキ、この野郎がまさかドジ子と?昨日っスか?』
徳丸が参戦した。
『おうよ。ヤったな』
『マジっスか!…あんな可愛い子ちゃんと!』
『ちょっと待て。それは何の話だ?柩、少しは自分の口から説明しろ』
収拾がつかなくなってきたので、ため息とともに音声をカットした。
無駄話を聞いていた間も<厄魔>との距離は詰めていたので、間もなく有効射程に入る。
右手のライフルを構え、中距離で中型の<厄魔>を狙った。
照準を合わせてトリガーを引くと、メットで強化された視野に敵の爆散する光景が飛び込んできた。
それに反応して、ぞろぞろと四足歩行の<厄魔>が集結を始める。
左手で腰だめにマシンガンを放ち、近距離戦闘を仕掛けた。
モニター上に中距離で敵性反応があったタイミングで、右手のライフルを個別に操って狙撃する。
これが、おれの特技・両手射撃だ。
7体ほどを平らげ、おれの周辺から敵性反応が消えた。
モニターを見てから、苦戦が見てとれる徳丸毅を目指した。
城竜二は初期のおれと同等に多数の敵前に晒され、恵美那やシバリスがアシストに向かっていた。
隊員間の音声をオンにすると、今回は啜り泣きのような声が聞こえてきた。
その中に時折、城が気合いを入れる怒声が混じる。
「徳丸君。こちら柩。すぐ着くから、それまで堪えるんだ」
返信は無く、相変わらず啜り泣きが続いていた。
『待ってください。F40201NSエリアに新たな反応有。…<厄魔>です!数は17!柩さん、至急向かってください』
東山紅緒から緊急通信が入った。
「…おれがそちらに行けば、徳丸君は危険だ」
『でも…』
『こちら水天宮。柩、東山君の指示通りに動きたまえ。あの辺りの民間人の避難はまだ40%しか済んでいない。君が躊躇えば、犠牲者は多数に上るだろう』
「了解しました。F40201NSエリアに向かいます」
おれは水天宮部隊長の指示に従い、進路を転じた。
『東山!17体もの<厄魔>、柩だけを行かせてどうするつもりだ?』
恵美那が吠えた。
『現時点で柩さんのスコアは7です。これは他の全員の合計スコアと同等で、柩さん以外に自由に動けるポジションにある方はいません』
モニターを見る限り、東山の言はもっともだ。
間もなくシバリスが城の援護に回れるはずで、そうなれば状況も動くだろう。
徳丸の啜り泣きは依然続いている。
おれは<蜉蝣>のバーニアを最大限に噴かし、当該エリアに着くや両手射撃で<厄魔>を払い始めた。
恵美那が合流した頃には、全ての<厄魔>を粉砕し終えていた。
そして、徳丸は城とシバリスによって無事に救出されていた。
***
「お前は何者だ?」
<蜉蝣>を脱いだボディスーツ姿で恵美那が駆け寄ってきた。
恐い顔をしているが、スーツの素材は薄いため体の線が丸わかりだ。
「…いいのかな?それ、随分目の保養になるけど」
「あっ!…くっ、見るな!」
なぜか平手打ちにされた。




