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終章

終章


<厄魔>が2本の触手を鞭のようにしならせて飛ばしてきた。


実剣で弾き飛ばして、バーニアを噴射して一瞬で距離を詰める。


貝殻のような背部を盾にしてきたので、その上から思いきり剣の一撃を叩きつけた。


外殼を砕き、中身をぐしゃりと潰した感覚が伝わる。


それでももう一撃を追撃し、完全に息の根を止めた。


『ターゲット沈黙。八王子大尉、ご苦労様でした』


<蜉蝣>のメットを通じて監視塔のオペレーターがおれを労う。


モニターに映し出されているおれ個人の担務エリアから敵性反応が消えた。


「アデリシアの状況は?」


『優先ターゲットを殲滅した後、近隣エリアに突入してます』


「…了解。18小隊の戦線を移動させる。生き残った全隊員に通達。アデリシアにもだ」


彼女は昔からRPG片手によく独断専行で突っ込んだものだ。


すでに最後の作戦が発動されて12時間。


体力は限界に近かったが、ここで1体でも多くの成体<厄魔>を潰しておけば、その分だけ内陸部の負担は軽くなる。


海岸防衛ラインは辛うじて生きているものの、内陸部への敵の侵攻を遮断する機能は期待できなかった。


それほどまでに、軍は疲弊し追い詰められている。


砂を蹴って行軍を再開してすぐ、緊急通信が飛び込んできた。


『海岸防衛ラインに展開中の全兵員に告げます。間もなくM-02が投下されます』


通信から程なくして、海上遥か遠方に青色の閃光が確認された。


『作戦成功。続いてM-03電撃戦に移行します。各員の奮起に期待します』


成体<厄魔>の化石からESPたちが作り出したウイルス性爆弾は、予定時刻に大分遅れていたが無事に撃ち込まれた。


次弾を撃ち込むには再び<厄魔>に対して総攻撃をかける必要があった。


おれはオペレーターに命じて、指揮下の小隊員全員に通信を繋がせる。


「こちら小隊長。<殺戮者>から告げる。人類の勝利は最早疑い無い。ひ弱な空挺部隊を助けるために、もう一戦やらかすぞ。接触エリアは…」


話している最中から、海中より夥しい数の<厄魔>が上陸してくるのが見えた。


「エリアは…目の前だ!」


***


作戦開始から19時間。


砂浜は、戦死した兵員の骸と<厄魔>の崩れかけた死骸に埋め尽くされていた。


すでに監視塔は敵の攻撃で沈黙しており、モニターは目視以外に意味を為していない。


それでも波に乗って2体のヤドカリ型の<厄魔>が上陸してきたので、おれはバーニア燃料の切れた<蜉蝣>を駆って近寄った。


実剣は予備も含めて全部折れ、銃火器などはとうの昔に弾切れで放棄している。


それでも仲間の死体から剣を2本拝借し、襲いかかってきた<厄魔>の殼に打ち込んだ。


スピードもパワーも足りず、初撃を弾かれてバランスを崩した。


しかし、左手に握った剣を殼からのぞく軟体部分に突き刺し、倒れ様に体重をかけて抉る。


深々と剣を捩じ込むと、<厄魔>はだらりと触手を下ろして息絶えた。


おれも重なって倒れ伏し、体も動いてくれず、2匹目の突進には対応出来そうになかった。


おまけに、疲労の割にやたらはっきりしていた視界には、続々と海から上がってくる敵勢までもが映るのだった。


…ここまでか。


『大尉をお護りしますから…』


…そう、藍沢渚の声が聞こえた気がした。


おれの全身から発光していると思われる青白色の輝きが、ほんの一時辺りを満たした。


あまりの眩さに閉じた瞼を開くと、至近で向かいあっていた<厄魔>はおろか、上陸を確認した敵の新手まで綺麗さっぱりと消え失せていた。


よろよろと起き上がり、敵のいなくなった砂浜を骸を避けながら歩いた。


アデリシアこと安食円は<蜉蝣>を脱いで立ち尽くしていた。


長い髪と大きな丸い瞳の色は、シバリスと同じ銀色だった。


「顔を拭け。美形が台無しだぞ」


「<殺戮者>。よく生きていたわね。私以外に生存者がいるなんて」


「教えて欲しい。敵性反応は、どうなんだ?」


「ふうん。私にサイボーグ乙型の機能を要求するんだ?憎らしいわね。…ゼロよ。ついさっき、一気に30くらい消えた。あなたがやったんでしょう?」


「…どうだかな。後は空挺部隊の仕事だ。ここで失敗する程間抜けじゃないと祈ろうか」


青い閃光を視認するまで、2人して波打ち際に佇んでいた。


***


海岸防衛ラインの本営は大惨事で、それはおれとアデリシア以外の隊員が全滅した第08特務部隊第18小隊も同様なのだが、戦力は文字通り半減していた。


各所に配備されていた戦車ですら、ろくに撃破数を稼がぬままに<厄魔>に駆逐されたと言う。


他の特務部隊と比べても第08特務部隊の被害は甚大で、それは海岸から上陸する<厄魔>を直接迎え撃つ役を担った故の結果でもあった。


簡易計測の時点で、撃破スコアはアデリシアとおれのワンツー・フィニッシュになったと聞いていた。


内陸部の情報は混乱していてわからなかった。


本営に帰還して3時間後、おれたちは政府発表で「<厄魔>の減衰を確認」という報に接することになる。


さらに1時間が経過して、本営のおれ宛に参謀本部からの直電があった。


『私です』


言わずと知れた六郎丸少佐である。


「少佐。何の御用でしょうか?」


『おや?前線復帰した途端に他人行儀になりましたね、<殺戮者>。同じ釜の飯を食った仲じゃないですか。今まで通りで結構ですよ』


「…<道化師>。<RPGの女王>がお前を殺すと息巻いていたぞ」


『…ほう。それは怖い。私は救いの手を差し伸べただけですが。…ところで、<厄魔>の顛末を聞きたくはないですか?』


「興味ない。それより関東第三管区司令部の生徒部隊の状況を教えてくれ」


『9割が戦死しましたよ。後方勤務者を含めてね』


「何だとっ!」


『彼ら彼女らの頑張りが無ければ、今回の勝利は有り得ませんでした。その点からも勲功第一は、是非とも学兵に与えて欲しいものです』


「ふざけるな!貴様がこの作戦で学兵を生け贄に仕立て上げたのだろうが!」


『その下地を作ったのはあなたですよ?』


「なに?」


『あなたが鍛え上げ、あなたが率いたから生徒部隊は一騎当千に育ったのですよ。301は正にあなたの作品です。見事に私の見込みを上回る戦果をあげ続け、結果今回の作戦に繋がったわけです』


「おれが…」


『あなたが何を感情的になっているのかははかりかねますが、私はこの結果に満足しています。気になるなら、301や595のリスト、送りましょうか?』


***


四海高校第301生徒部隊

式神恵美那少尉

錦雁之助少尉(入院)

羽田連理(行方不明)

東山紅緒(死亡)

城竜二

葛西幸尚(死亡)

浅海栞(行方不明)

藤堂康介(死亡)

大鳥仙太郎(行方不明)

シバリス(大破・廃棄)

藍沢渚(行方不明)

久留米誉(入院)

梶ケ谷三春(死亡)


青山慈南高校第595生徒部隊

来島冴子少尉(死亡)

結城ユウ(死亡)


市ヶ谷高校第088生徒部隊

水天宮亨大尉

有栖川鏡子少尉(入院)

黛エレン少尉(死亡)



リストを眺め、独り慟哭した。


久しく涙など流していなかったので、泣き方を思い出せなかった。


最後に六郎丸に言われた台詞が反芻される。


『あなたはかつて、安食円を喪ったことで安易に死ぬ道を選びました。…本当に、救い難い愚行でした。これはその報いともとれます。一連の作戦では、あなたは私の目論見通りに生徒部隊においても特務部隊においても戦功をあげましたね。ですので、先の逃亡の件はこれでチャラにしましょう。お互い、昇進は間違いありません。今後関わりあいになることはないかもしれませんが、軍に留まりこの国の再建に力をお貸しいただくことを願いますよ。さようなら、<殺戮者>』


あの六郎丸に慈悲を施されるとは、おれは余程惨めに見られたのだろう。


安食円が隣に立ち、おれの顔を除き込んできた。


「酷い顔ね。洗ってきたら?」


「…そうだな」


「そうだ。私、消えるからね。あなたなら、分かってくれるわよね?」


安食円の銀色の瞳を見る。


そこに迷いはなく、プライドの高い彼女が戦闘用サイボーグ乙型の姿を衆目に晒し続けることに堪えられないことは、容易に想像できた。


「止めても、聞かないよな?」


「ええ」


「…これでも、君が死んだと聞いて後を追うつもりだったんだがな」


「丸眼鏡野郎に聞かされたわよ。折角拾った命、大事になさいね。…それじゃ行くわね。さようなら、晶」


「円…」


安食円は本営の天幕を出ていった。


彼女がああ言った以上、二度とおれの前には姿を見せないだろう。


これが、二度目の今生の別れだ。


***


軍共同墓地へ足を運ぶと、つい懐かしい記憶に浸ってしまう。


葛西幸尚

大鳥仙太郎

梶ケ谷三春


「あっ、葛西!その玉子焼きは柩君専用なんだからねっ」


「柩専用って、<蜉蝣>じゃあるまいし…食べていいか、柩?」


「へえ…僕も食べてみたいな。梶ケ谷さんの愛情が詰まってそう」


「あんたたちにじゃなくて、柩君に愛情を込めたの!こら、仙太郎取りすぎ。柩君、はい。あ~ん」


「出たぜ…。仙太郎よ、モテない男はツラいな」


「うん。あはは」



来島冴子

結城ユウ


「あの下着ドロ、結局何だったんですかね…。本当に柩さんじゃないの?」


「こら、結城整備士長。あまり柩さんを虐めないであげて。柩さんが来る前から、管区司令部の視察の度に被害はあったのだから」


「ふむ…。まさか聖副司令の仕業とか…」


「…確かに、あの方は女性に手が早いことで有名でしたね。疾風の聖、と」


「え?まさか部隊長も口説かれたとか…?」


「それは…ねえ?」


「はい、そこで柩さんと妙なアイコンタクトを取らないでください」



東山紅緒

藍沢渚

羽田連理


「柩部隊長、聞いてください。ドジ子ちゃん、彼氏作ったことないんですって。人生損してますよね?」


「…あの、別に作らなかったわけではなくて、機会が…いい人がいれば、私はいつでも…」


「藍沢さん、何でそこで部隊長に流し目を送るのよ…。羽田にしておいたら?」


「あら。俺?ドジ子ちゃんなら大歓迎だよ。可愛い子大好き。リードしようか?」


「…いえ、結構です」


「フラれた…。何だってうちの部隊の女子は皆、柩部隊長ラブばかりなんだ…チラリ」


「…何で私を見るの?部隊長、私は違いますからね!羽田には断固抗議します」


「…東山さん、お顔真っ赤ですが…」



シバリス


「鎌田佐和子。まだ私が人間であったときの名前。私は最前線にいました。いち兵卒で、<殺戮者>や<RPGの女王>といった英雄を遠目に眺めている若輩者でしたが。…忘れたわけではないのです。思い返すのが辛いだけで。なお、この会話は自動的にデリートされます…」


***


石碑にはあの日の日付が刻まれていた。


仮初めであったのかもしれないが、四海高校で過ごした日常には、確かな幸福が存在した。


そして、それは永遠に損なわれた。


「またここに来ていたのか?」


おれの背後に人の立つ気配がし、柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。


おれは振り返り、式神恵美那大佐へと敬礼した。


「お久しぶりです、式神大佐。3年ぶりでしたか」


28歳になった恵美那は、大人の色気を無理矢理軍服に押し込めた、危うい静謐さをその身に纏っていた。


「そうだ。3年前も、ここでこうしてお前と遭った」


恵美那が一歩前に出て、おれの胸に手のひらを重ねた。


「…いや。居場所を捜して遭遇を装っただけだ。お前をスカウトして、そしてフラれた」


「若気の至りでしたな」


「馬鹿。あの時お前は33だったぞ」


「今や36ですからね」


「…あの時は、ショックだった。8年前にお前と別れてから久方ぶりの邂逅だったのに。とりつく島もなかった」


恵美那が目を伏せて続ける。


「お前は言ったな。参謀として乗り込んでない、と。確かに約束を違えたのは私だ。…だから、こうして来た」


目を開き、瞳から力強い光を放って恵美那は胸を張った。


「参謀本部大佐として式神恵美那が命ずる。私の元に来い!八王子晶」


おれは恵美那の視線から逃げず、正面から見つめ返す。


そして笑いを溢した。


やがて恵美那も釣られて吹き出し、2人してゲラゲラと大笑いする。


「…残念だったね、恵美那。本当に、あと少しだったのに」


「…ふふ。全くだ。まさか、お前に先を越されるとはな。さすがに将官に進まれては、秘書として雇えん。…脱帽だよ」


おれはつい先日准将に昇進し、海洋司令部の幕僚統括官に任じられていた。


「君に意地悪がしたくなって、本気を出してみた」


「馬鹿。誰がそんな話を真に受けると思う。お前は戦友たちの期待に応えたんだ。…残念ではあるが、私は誇りに思うぞ」


その評価は嬉しかった。


11年前、恵美那から借り受けた魂の欠片を今ここで清算できたと実感した。


「これからの話をしようか」


恵美那が神妙な顔つきで言った。


「…六郎丸や水天宮が画策している、アレのことかい?」


「それもある。特務艦隊の編成・派遣による、アジア太平洋地域の<厄魔>からの解放」


参謀として頭角を表した六郎丸はいまや対<厄魔>の中核的存在で、水天宮のサポートを得て復興した軍の海外派兵を企んでいた。


珍しく武蔵野と山の手が協調した案件で、この国が世界をリードする千載一遇の機会だと政府もお墨付きを与えたらしい。


「準備が整うまで、あと2年はかかろう。それ故、水天宮大佐も先日入籍された」


相手は誰かと尋ねると、「無論、有栖川鏡子大尉だ」と恵美那が答えた。


「束の間、2年間の平穏と言うわけだ。最近は<厄魔>も戦意に乏しい。家族と愛を育むには、ぴったりの時期なんじゃない?」


おれは思ったままの感想を述べた。


事実、11年前のウイルス性爆弾投下が成功してから、この国近隣の<厄魔>の危険度は目に見えて低下していた。


「そういうことだな。ちなみに、城竜二も結婚すると言う」


「それは連絡を貰ったよ。部下だって?随分年下らしいけど。奴もうまくやったな」


「…六郎丸少将には相手がいないとか」


「興味ないな」


おれは即答する。


胸の前で腕組みをしていた恵美那が、柳眉を逆立てた。


「…おい!いい加減、何か察したらどうだ?何のために私がここに来たと思っている?」


相変わらずの恵美那の不器用な物言いに、昔懐かしく胸が温かくなるのを感じた。


「…君は本当に変わらないね。あの時のままだ。逆プロポーズは有り難いけど、おれは山の手に婿入りするつもりはないよ」


「…安食円への義理か?」


「昔の話さ。どちらの派閥にも、一切興味がないだけ」


「私は家を捨てられん」


「だろうね。だからこの話はここまでだ。恵美那、次は特務艦隊とやらで逢おう」


恵美那は瞳を閉じて長い息を吐き、すぐに凛とした表情に戻る。


「2年など、すぐだ。それまでせいぜい壮健でいろ」


恵美那が踵を返した。


おれは遠ざかるその背を最後まで見つめていた。


そうして恵美那を見送った姿勢のまま佇むこと数分。


記念碑の陰から彼がその身を明かした。


「僕がいること、いつからわかってたの?」


「仙太郎、久しぶりだな。いつからと聞かれれば、最初からだよ」


ジャージの上下という動きやすそうな姿で、仙太郎は11年前を彷彿とさせる微笑みを湛えていた。


「そうか…柩君、さすがだね。いまは八王子君だっけ?」


「好きなほうで呼べばいいさ。あれだけ派手に研究施設を襲って回れば誰でも気付く。だから、餌を撒いてみた」


おれは<次世代被験体>の大規模研究会を発足させ、その会長を務めるという偽情報を流した。


そこに仙太郎が反応し、おれをつけ狙ったわけだ。


周囲には狙撃手を配置しており、イレギュラーで現れた恵美那を人質に取られない限りは万全の態勢だった。


「…やはり軍を赦すことは出来なかったか」


「柩君、葛西君、梶ケ谷さん。皆のことは好きだったけど、僕は軍に玩具にされた記憶を捨てられなかった。結果的に柩君に引導を渡される羽目にはなったけど、犯した罪に後悔はないよ」


仙太郎は淡々と語った。


「狙撃手がいるんだろう?なら抵抗はしない。やってくれ」


「仙太郎。葛西や梶ケ谷によろしく」


「うん」


おれは合図を出し、仙太郎が四方から撃ち抜かれて倒れた。


諜報部の人間が駆け付けて仙太郎の遺体を運び去る。


おれはまだ墓標の前に残っていた。


先程のおれの不審な態度から、彼女が全てを悟っていてもおかしくはない。


…いや、そのくらいは当然のはずだ。


おれはどのくらいそこに立っていただろうか。


少しずつ近付いてくる人影に恵美那の陰影を認めた。


果たして彼女は逆プロポーズをどう仕切り直すものか。


麗しの式神の姫の口上にかつてない期待を寄せている自分がそこにいた。



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