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第9章 ESP

第9章 ESP


四海高校に冬休みが訪れた。


第301生徒部隊は授業のあった時間からの始動となり、その分定時を夕刻に切り上げる。


しかし、部隊は休養の恩恵にはあずかれなかった。


管区司令部を通じて軍本部から新たな作戦が発令されたのだ。


「<厄魔>を流入させる…ですか?」


全体ミーティングの場で葛西が聞き返してきた。


「そうだ。都合2回、敵の攻勢に晒されることになる」


おれは答える。


軍本部の作戦はこうだ。


10月に回収した成体<厄魔>の化石にESPたちが処理を施して、対<厄魔>ウィルス性爆弾を試作した。


爆弾を海中の敵密集地点に投下するため、一時的に最前線の戦力を厚くする。


それにより、内陸への原体<厄魔>侵入を防ぐ戦力すらも最前線に張り付けざるを得ない。


ここで内陸部には分化された<厄魔>が多数出現する見込みだ。


作戦は3段階にわたっていて、試作爆弾の投下成功と効果の観測、続いて大量に出現するであろう内陸部の<厄魔>駆除と新たなる成体<厄魔>の化石捕獲、そして最後に再び前線に戦力を集中した上での本格爆撃攻勢とくる。


「敵の大攻勢に耐えつつも、最後の作戦用に<厄魔>の化石とやらを出来るだけ多く持ち帰らねばならない、と?」


式神恵美那が発言する。


「…それだけじゃねえだろ。最後の作戦の最中もまた、とんでもねえ数の<厄魔>が押し寄せてくるってわけだ。10月の再来が2度だぞ」


城竜二が眉間に皺を刻んで言うと、会議室内に重苦しい空気が充満した。


解散の後、部隊幹部の3人と副官の東山紅緒だけを残した。


「柩。この管区の戦力では無理だ」


恵美那が口火を切り、事務長代理の羽田連理も頷く。


「軍本部は生徒部隊の全滅も織り込んでいる。管区内の総力をつぎ込む腹だ」


「…それでも無理だ。301以外の戦力が脆弱に過ぎる」


「嬢ちゃんの意見に賛成する他ねえが…。部隊長、今更なんだろ?」


おれは錦雁之助の問いに頷く。


「皆には、命を貰う」


おれははっきり告げた。


東山紅緒が驚いた目でおれを見る。


式神恵美那は笑っていた。


***


式神恵美那が持ち寄った作戦はこうだ。


301以外の部隊に敵の物量戦に耐えうる抗戦能力は無い。


そこで、管区司令部本陣周辺に301以外の全部隊を集結させ、防御に徹させる。


その間に遊軍且つ先鋒の301が押し寄せる<厄魔>を刈り取っていく。


「…問題が3つある」


おれは2人きりの部隊長室で作戦に注文をつけた。


「何だ?」


「これでは浅海栞と藤堂は真っ先に戦死だね」


「2人に仙太郎を加えた3者は本陣に組み込めばよかろう」


「…うん。それから、我々が敵の正面に出られる可能性が計算出来ない」


「本陣の陣形を方円にしておけば、我らはただその周りを砕いて回るだけでもよい」


「…最後に、作戦の指揮を執るのはおれではなく、水天宮副司令だよ」


恵美那は口の端を意地悪そうに吊り上げて、眼光を鋭くする。


「たかが学兵の誰があの<殺戮者>の言うことを聞かないと?お前は私を馬鹿にしているのだろう?それより、自分以外の戦闘員の心配はしないのか?」


「浅海栞と藤堂の心配はしたけど?」


「私や城、葛西はどうだ?」


「葛西は…もしかすると死ぬかもしれないな。城やシバリスのことは、実はあまり心配していない。仙太郎もまあ、多分大丈夫」


恵美那が目だけで「私は?」と問い詰めてくる。


「恵美那はおれが守るさ。君には迷惑かもしれないが、それだけがおれに残された全てなんだからね」


「お前がそう言うのは知っていた」


そう言って、恵美那が珍しく愛想よく笑顔を寄越す。


「お前が私の中に安食一族の姫を見ていたのは知っていたんだ。私はそれを利用させてもらった。己が生き延びるためにな。お前を301の守護者に育てたのはこの私だ。…それが、式神一族の後継たる所以だ」


「まだ若いのに、六郎丸みたいな慧眼だね。でも悪い気はしない。…命を捨てた身で姫の騎士を気取れたんだからね。3月までは、全うしてみせるよ」


「言うな。期限を切れば、おのが可能性を封じ込めるぞ」


恵美那が迫力のある顔で凄むが、おれは応えなかった。


そうして彼女の作戦を管区司令部に具申し、承諾を得た。


***


前線の戦力配置の変更は年明け3日と決まり、年末にかけて管区司令部内の準備は多忙を極めた。


301部隊の肝は式神恵美那が操る新型<蜉蝣>の誘導ミサイルにあり、その精度調整や誤射防止、弾薬の補給段取りに至るまで綿密にシミュレーションを重ねた。


その間にも活動期に入った<厄魔>の襲撃は連続し、物資を節約しながらの迎撃を余儀なくされた。


「柩部隊長!四海高校担当エリア内の応急手当キットが40%も足りません…」


部隊内の各部署を視察していたおれに、梶ケ谷三春が泣きそうな顔で報告をあげてくる。


「…そんなこと、羽田事務長代理に言えばいいでしょう?」


おれの隣に立つ東山紅緒がきつく返した。


「す、すみません…。どうしたらいいかわからなくて…」


「東山君。羽田君に、民生物資の購入も視野に入れて至急工面するよう言ってくれ」


おれは東山紅緒へ指示を出す。


「え?民生物資では予算がとても足りませんが…」


「あるだけ使えばいい。ここで全滅するかもしれないんだ。どうせ冥土に予算は持っていけない」


東山紅緒と梶ケ谷三春は呆けた様子でおれをうかがっていた。


「生き残ったときのことは、またそのときに考えればいいさ」


***


残業を終えて、葛西幸尚と仙太郎を連れて駅前の定食屋に繰り出した。


ちょうど今夜いっぱいまでの営業のようで、店に入ると見知った顔もちらほらとあった。


「年明けにもまた食べにきたいもんだな」


大盛りの丼をかきこみながら葛西が言った。


近隣エリアの住人たちには、管区司令部から年内いっぱいでの避難命令が出ている。


葛西の言ったことが実現するには、おれたちが作戦を成功させて生還する必要があった。


「今度の作戦、整備の人たちも同行するんだって?」


仙太郎の質問に「ああ。長期戦になりそうだから、簡易テントやトレーラーも総動員だ」と答えた。


「…事務員やってりゃ良かったかな」


「それはないでしょ。いまの方がイキイキしてるよ」


「…でもよ、仙太郎。おれは死にたくねえんだ」


「そうだね…」


2人とも黙って箸を動かした。


***


年越しは整備士たちと<蜉蝣>のメンテナンスをしながら過ごした。


羽田連理が帰り際に置いていった合成果実飲料や、式神恵美那がどうにか調達してきた蕎麦を手に、錦雁之助や藍沢渚らと新年を祝った。


シバリスがおれの隣に立って言った。


「柩中尉。今年も宜しくお願いします」


おれはシバリスの銀の瞳を見て、そこに強い意思のようなものを感じ取った。


「今年も頼りにさせてもらうよ、シバリス」


「はい。中尉、第595生徒部隊に配属された私の同型のことはご存知ですか?」


「知っている。…というより、595に回してもらうよう依頼したのはおれだ。素体情報も聞いてる。…まさか、彼女が生きていたとはな」


「私と同じで、脳と心臓だけが辛うじて無事だったということでしょうね。通常は手の施しようがなく、戦死扱いにされます」


「初顔合わせは戦場になりそうだ。どんな顔をしたらよいやら。…まあ、シバリスくらいに活躍してくれることを祈るさ」


久留米誉に呼ばれたシバリスは、頭を下げて離れていった。


安食円が戦闘用サイボーグ女性乙型として戦線復帰するというのに、その隣におれがいないというのも不思議な気分だった。


彼女を失ったことでおれは戦い続けることを放棄したわけで、すぐにでも彼女の元へと駆け付けておかしくはない。


それでも、今は如何に恵美那と301を生き延びさせるかに全てのリソースを傾けると決めていた。


恵美那はツナギ姿で顔やら髪やら煤だらけにして、スパナを片手に話し掛けてきた。


「ミサイルの一斉射出は予備の弾薬パックを入れて2回。これで上手くすれば100は狩れるぞ」


「なら、本陣が崩壊していなければ補給に回って都度ミサイルを装填して、ヒットアンドウェイを繰り返すのが効率良さそうだね」


「つまらないが、確かにそうだ。ミサイルの重さを考えてアサルトやマシンガンは外す。補給までは剣で突破するつもりだ」


恵美那の<蜉蝣>を駆った近接戦闘は芸術的だ。


戦場で唯一完成された美を、彼女の舞踏は余すところなく具現化する。


「…初詣に連れて行こうと思ったけど、その汚れじゃ無理だね」


「なんだと!」


***


1月3日、関東第三管区司令部の全11部隊は予想敵出現地点に集合した。


第一管区、第二管区からもあわせて9部隊が支援に駆けつけていた。


今まで蓄積した成体<厄魔>の侵入経路と分体の出現位置情報を軍本部が解析し、可能な限りの生徒部隊をここに集結させたのだ。


すでに午前中、最前線において軍が作戦を実行へと移し、ESPたちが作り上げた対<厄魔>ウィルス性爆弾を投下していた。


その過程で無防備となった防御ラインには、想定通り大量の<厄魔>が侵攻したという報告があった。


式神恵美那の立案そのままに、本陣は水天宮大尉率いる市ヶ谷高校第088生徒部隊を中心に、19部隊が方円状に配置されている。中央部には巨大な幌で仮設テントが設営され、各部隊から腕利きの整備士たちと補給物資とが集められていた。


方円陣から離れた地点で単独行動をとるのが、我ら301の精鋭6名だ。


『そろそろ予測出現時間になります』


第301生徒部隊専用のチャンネルで、東山紅緒が通信する。


おれは隣に立つ恵美那らを見た。


恵美那、城竜二、シバリス、葛西幸尚、仙太郎。


彼女らの顔は一様に<蜉蝣>のメットで覆われていたが、窓からのぞく目には英気がみなぎっていた。


傍らの恵美那が「うん?」と首を傾げる動作でおれを見上げる。


人類の生存を賭けた今回の作戦に臨む士気は、圧倒的不利な状況下にも拘らず意外にも高い。


かく言うおれは軍務と戦争こそが日常であったため、今更気負いも感傷もなかった。


ただ、かつてとは異なり隣に立つ同胞がまだ学生で、彼女らが無事に生き延びられたならそれこそ美しい話だ、とは思う。


何より恵美那だけは生かすと決めていた。


恵美那がおれのそばに寄ってきて、「なぜ浅海や藤堂と一緒に仙太郎も後方へ下げなかった?」と詰める。


おれは「あいつは大丈夫だよ」とだけ答えて、マシンガンを2丁、両手に構えた。


空気が変わるのを感じた。


『敵性反応、多数!来ます』


『12時の方角に大量の敵性反応!総員戦闘準備をお願いします』


東山紅緒の声に続き、本陣オペレーターである黛エレン少尉がメイン回線で告げた。


集結している生徒部隊の戦力は20部隊で<蜉蝣>が約130機。


それと相対する形で出現した<厄魔>は、推定で2000体にも上った。


モニター上では敵は点ではなく、味方の周囲は全て赤く塗り潰されていた。


「301、突撃!本陣外周を時計回りに、奴等を蹂躙しろ!」


おれはオープンのチャンネルで吠えた。


見渡す限りを<厄魔>に埋め尽くされていたが、その威容に怯むことなく滑っていく式神恵美那とシバリスが目に映る。


『風穴を開けるぞ!』


恵美那は宣言し、広範囲誘導ミサイルを上空へと射出した。


数十の弾頭が描いた中空の軌跡が見える。


<厄魔>の出現から僅かの時間で照準まで済ませているあたりが、彼女の天才的なところだ。


ミサイルはすぐに天から地表を貫き、厄魔の群れを凪ぎ払った。


計算上は一度の射出で50前後の敵を吹き飛ばせる筈で、予備弾薬があるのでもう一撃を可能としていた。


『ミサイル、敵44体を撃破』


東山紅緒の報告が入る。


おれの眼前にも<厄魔>の大群が映り、両手射撃での掃討を開始した。


シバリスには予め葛西幸尚をサポートすよう言ってあるので、おれが先陣をきって敵陣を突破する必要がある。


マシンガンで前後左右に敵を撃ち倒していくと、視界上方に鳥型の<厄魔>がチラついた。


あれがいるとなれば、上空からの奇襲にも備えなければならない。


『301、聞こえますか?本陣に敵からの遠距離攻撃を認めます。狙撃タイプの<厄魔>がいると思われるので、排除を要請します』


おれは黛エレン少尉に「了解」と返し、東山紅緒とシバリスに遠距離攻撃を行っている敵の捜査を任せた。


本陣の12時方向から現れた2000の敵は、我々301と交戦しつつも洪水のように押し寄せて、すでに本陣外周を包囲しつつあった。


恵美那が再びミサイルを放ち、多数の敵を撃滅する。


『柩。これより本陣に帰還してミサイルの補給にあたるぞ』


「頼む。本陣周辺は敵だらけだ。遠慮なく斬り込んでやれ」


『了解だ』


モニター上で味方の動きを見やると、シバリス、城竜二、葛西、仙太郎と皆健在であった。


途切れることなく銃弾を吐き出し続け、少しずつ前進する。


予備の弾薬を使い尽くすまではマシンガンでの射撃戦闘に徹する構えで、おれはただひたすらに目の前の<厄魔>を狩った。


『柩部隊長、遠距離攻撃を仕掛けてきた敵は鳥型のようです!新たに鳥型02と識別ナンバーを振りました。位置は…』


『こちら本陣。301、成体<厄魔>の化石物体とみられる反応が見つかりました。最優先目標となりますので、至急確保を。座標は…』


『柩、本陣の守りが危ない。ここに留まって、ミサイルで敵の足を止める許可を』


東山紅緒、黛エレン、式神恵美那から立て続けに通信が入る。


それらを聞いてモニターを眺め、瞬時に判断した。


「仙太郎、鳥型02の位置がお前から近い。なんとかなるか?」


『了解。これ301のチャンネルだから言いますが、レーザーで撃ち落とします』


仙太郎の発言を聞いた301の隊員たちから、『レーザー??』とか『仙太郎で大丈夫なのか?』といった声が上がったが無視する。


式神恵美那には本陣近辺での継戦許可を出し、シバリスに最優先目標の捕捉を命令した。


「葛西。シバリスの援護がなくなる。一時本陣まで引け」


『部隊長!俺なら一人でも大丈夫です。こいつらを全滅させてみせます』


「いいから引け」


『決して足手まといにはなりません!』


『ゴリラ!部隊長の命令に逆らうんじゃねえ!軍人なら黙って上司の指示に従え、このタコが!』


城竜二が怒鳴り、葛西幸尚はしぶしぶといった声音で『…了解』と答えた。


弾薬の尽きたマシンガンを一丁投棄して、空いた手で実剣を握る。


近接戦闘に切り替えて、剣で払って至近距離から銃弾を叩き込む。


東山紅緒の撃破計測では、おれが57、シバリス51、恵美那109、城22、葛西13、仙太郎11、浅海栞4、藤堂3となっている。


301だけで敵の1/8を平らげた計算になるが、戦力差はまだまだ圧倒的だ。


モニター上で、本陣を取り囲む敵勢力のうち、3時の方角にだけぽっかり穴が空いていた。


恵美那か、或いは水天宮大尉の猛攻によるものであろうか。


『<殺戮者>、聞こえる?』


唐突に入った通信は、未設定のチャンネルが使用されていた。


『このチャンネル、軍用なのよ。生徒部隊にも何人か、スパイがいるでしょ?そのためなんだって。…久しぶりね』


「…円か?」


『そ。595所属のサイボーグ、アデリシアこと安食円です』


安食円と通信しながらも体は自然と<厄魔>に反応し、向かってきた狼のような2体を続けざまに斬り伏せた。


「円、お前記憶が…」


『ままあるよ。底意地の悪い眼鏡丸野郎の仕業でしょうね。アイツぶっ殺してやろうかしら。ま、積もる話は後で。言いたかったのは、本陣は私が何とかするから、あなたは敵陣で暴れちゃって、ってこと』


「…了解。お前が後ろにいれば安心だ。存分に暴れてやる」


『よろしく~』


おれは残ったマシンガンを実剣に替えて、二刀流とした。


そして<蜉蝣>のバーニアを全開に噴かして突撃する。


突進の威力そのままに<厄魔>に剣を叩き込み、次々に爆散させる。


立ち止まっては両手の剣で力任せに敵を突き刺し叩きつけ、またバーニアを噴かしての突撃、というサイクルで<厄魔>を屠る。


近い位置で城竜二が奮戦している姿が目に留まり、援護を見越してそちらへも突進をかけた。


そうしているうちに、視界遠方に青白く輝く光線が地上から上空へと伸びる様が映った。


『鳥型02、撃破』


東山紅緒から報告が入る。


仙太郎による狙撃だろう。


本陣は依然無事で、安食円が暴れているらしい3時の方向と、ミサイルで夥しい数の敵を吹き飛ばしている式神恵美那の詰める9時方向は優勢ですらあった。


『水天宮副司令が出撃されます!全部隊員、攻勢に出てください』


黛エレン少尉が戦闘員を鼓舞する。


水天宮大尉の突入ラインが6時の方角なので、301が12時の敵を全滅させて時計回りに進行すれば、掃討は完了だ。


「城、仙太郎。本陣の12時に集中攻撃をかけるぞ!着いてこい」


号令し、おれは<厄魔>を弾き飛ばしながら前進する。


双剣を振るうごとに敵の頭部を砕き、四肢を断つ。


無我夢中で剣を繰り出している内、最前線で戦っていた頃の感覚に近付くのがわかった。


『目標を2体確保。コーティングも完了。回収車両の出動を要請します。回収まで本ポイントにて目標の防衛にあたります』


シバリスからの通信を受け、東山紅緒にトレーラーの手配を命じる。


『無茶です!敵中を抜けるのはまだ無理です』


「羽田にやらせろ!式神少尉と葛西、浅海、藤堂を援護に回せ。目標の確保は最優先だ。急げ!」


<厄魔>を斬り裂きながら怒鳴り付けた。


例の成体<厄魔>の化石物体が無ければそもそも今回の作戦自体が無為に帰する。


敵がいつ奪回へと向けて動き出すかもわからず、先手を打って回収する必要があった。


正面の人型<厄魔>を縦に両断し、左右の泥人形のような輩を回転斬りで仕留める。


バーニアの噴射による突撃で、進行方向の<厄魔>を粉砕する。


おれの撃破スコアは150を超えていたが、それでも一見して敵が少なくなったようには見えなかった。


視界の端を再びレーザー光の一閃がかすめた。


仙太郎のスコアが目まぐるしく増加していき、あの掌から照射している光線の威力の程が知れる。


負けじとおれも全身を駆使して攻撃を続け、<厄魔>の群れへと躍り込んだ。


***


恵美那に護られたトレーラーが成体<厄魔>の化石の回収に成功した時点から、戦況が大きく動いた。


戦線復帰したシバリスが本陣の12時方向、おれや城竜二が戦っている戦場に突入し、真価を発揮した。


恵美那もそれに続き、301の総力で周辺の<厄魔>を散り散りにすると、おれたちは当初の予定通りに本陣の時計回りに掃討戦を開始した。


「シバリス!先に6時方向まで突っ切れ。ここはおれたちがやる。恵美那は一旦ミサイルの補給に戻って、その後は9時方向の敵を頼む」


『了解しました』


『了解だ』


安食円が食い荒らした戦場には、組織的抵抗を見せるほどの数の<厄魔>は残っていなかった。


すでに彼女は場所を移したようで、おれは残った奴等を個別に叩いて回る。


残敵は4割を切り、それでも800近い大勢力ではあるのだが、勢いは生徒部隊の方が勝っていた。


副司令たる水天宮大尉もトリプルスコアを達成し、その実力の片鱗を窺わせた。


夜の帳が下りる前に大戦は決着を見た。


1700体ほどを撃破し、目標を確保したことから司令部は全部隊に撤退を命じた。


我ら第301生徒部隊は総撃破数の55%強を叩き出し、戦死者もゼロで持てる力を遺憾無く発揮したと言える。


一方生徒部隊の被害状況は、総出撃数の約30%にあたる40機が失われ、残数のうち半分は小破ないし中破という酷い有り様だった。


前回と異なり全滅したわけではなかったものの、これでは続く作戦には耐えられそうにない。


「狩り残しの掃討は、やっぱり301が面倒を見るんですか?」


帰還して早々に錦雁之助が声を掛けてきた。


「奴等、まだ300くらい散っているからな。うちと、比較的被害の少ない595の受け持ちだろう。親父さん、恵美那のミサイルなんだが…」


「見た感じ、ミサイルは当面出せませんね。あちこち電子部品がショートしてる。あと、浅海機と藤堂機、葛西機の3機は少なくとも3、4日いただきませんと…」


「わかった。ミサイルは作戦の次のフェーズに必須だ。調整を優先してくれ。シバリスもメンテに回す。出撃はおれと恵美那、城、仙太郎で何とかしよう」


錦に指示して、藍沢渚の姿を捜す。


そうして整備の現場をうろついていると、視界に丸眼鏡をかけたのっぽの軍服姿が入ってきた。


***


「参謀というのは、こんなところをうろついている暇があるのか?」


整備棟の控え室で六郎丸に皮肉を言った。


「…マズいことになりましてね」


珍しく六郎丸が気落ちした様子で言う。


「…爆弾、失敗したのか?」


「いえ。アレは効果が実証されました。もう1、2発叩き込めれば、休戦に漕ぎ着けられるかもしれません」


「では何だ?」


「先の攻勢で、前線の戦力が半壊しました。すでに海岸防衛ラインに穴が生じています」


「なんだと…」


おれは六郎丸に詰め寄って、その胸ぐらを掴み上げた。


「学兵が死に物狂いでこれだけやっていて、貴様らは何をしていた?」


「…面目ありませんが、やはりあなたや安食さんの力をお借りする他にない。このままでは早晩防衛体制そのものが崩壊します」


***


部隊長室に部隊幹部の3名と東山紅緒、藍沢渚、加えて城竜二らシバリスを除く戦闘員全員を集めた。


そこで初めて部隊編成の変更を告げた。


明日1月5日付で四海高校第301生徒部隊の部隊長を式神恵美那少尉とする。


皆最初の内は意味がわからず茫然としていて、やがて表情が険しいものに変わっていった。


「一体どういうことです?」


城竜二に食って掛かられた。


「どういうこともない。いま伝えたたままの辞令だよ」


「柩部隊長、このタイミングでそれはないでしょう?俺らを見捨てるんですか」


「ジョー。軍の辞令は絶対だ。そのくらい、わかるだろう?」


おれは優しく城を諭す。


恵美那がキッと東山紅緒を睨み付け、「お前は知っていたのか?」と詰問した。


その剣幕に負けてか、東山紅緒は慌てて首を横に振り、「私も今聞いたところです…」と答える。


「誰も知らないさ。軍本部から打診があったのは昨晩だからね」


視線でおれを燃やさんばかりに睨み、恵美那が責め立てた。


「見損なったぞ、柩。この状況下部隊を離れるだと?301の…いや、四海高校の精神的支柱は紛れもなくお前だ。そのお前がここで職務を投げ出せば、士気は瞬く間に崩壊し、呆気なく全滅するだろう。私ではその代わりは務まらん」


「…水天宮大尉からおれに代わるときも同じだったさ。軍隊組織というのは、そんなにヤワじゃない。部隊指揮の能力そのものを問題にするなら、おれがお前を上回る点など何ひとつない。…部隊員の士気くらい、お前の根性で上げてみせろ!式神恵美那!」


思えば、四海高校に来て以来、生徒たちにここまで感情的に当たったことはなかった。


余程恵美那の泣き言を聞きたくなかったか、或いはおれ自身自責の念が強かったのだろう。


一同を解散させたが、藍沢渚が最後まで残った。


「柩中尉、私は連れていっていただけるんですよね?中尉の機体は私でなくちゃ、整備出来ません…絶対に…」


青い瞳を潤ませて、おれを見つめてくる。


「…君を伴えば、六郎丸少佐は必ずその素性に気付く。そうすれば以後の自由はなくなる。わかるな?藍沢…」


「わかりませんっ!」


***


東山紅緒を呼び戻して、明日からの部隊長変更を全校に放送させる。


そして、管区司令部からの通達や軍本部からきた手続きの文書を学校長に提出した。


校長室から出ると、緊急放送を聞き付けた一般生徒らが群がり続け、人事の撤回とおれの部隊慰留を懇願してきた。


東山紅緒が人の波を必死にさばいて、おれを部隊長室まで引っ張ってくれた。


「…一般生徒と言えど、さすがに常勝の部隊長がいなくなることを良しとはしませんでしたね」


「…恵美那が水天宮大尉の後を継いでいたら、より常勝に相応しい結果を残していたとは思うよ」


「だとしても、今はそれは伝わりませんね。…自覚してください。御自身の人気を」


「…慣れてなくてね。軍で裏方に徹していたときも、最前線で暴れていたときも。いつだって、いち軍人として与えられた任務を遂行していただけだった。守るべきものが身近にあって、日々接して、その生き死にに責任を持つことなど、初めての経験だった…」


椅子に体を埋めて、デスクの上から1枚の命令書を手に取る。


八王子晶大尉に海岸防衛第08特務部隊第18小隊長を命ずる、とある。


これで、柩無無中尉という存在は無に還った。


ただ自分を生かした恵美那が生き延びる手助けをしようと作り上げた身分に過ぎなかったはずが、喪ってみると不思議と感慨深い。


…恵美那はおれが彼女のことを見捨てたと捉えるかもしれない。


だが、一度死んだおれの意志は決してぶれない。


ここで海岸防衛ラインを維持しなければ、その脅威は確実に恵美那の喉元にまで届きうる。


そして、この国で人類は敗北するだろう。


安食円の死によって敵前逃亡を選択したこの身は、<厄魔>に滅ぼされずともいずれ銃殺に処される定めだ。


しかし、式神恵美那が<厄魔>によって滅びることだけは許容できない。


「ひつ…八王子大尉、いつ出発されるので?」


東山紅緒が神妙な顔をして尋ねてきた。


「今夜だよ。身ひとつで来いとの命令だ」


「送別会を…」


「東山君。わかるだろう?今の戦況では、それは無しだ」


「…では最後は、誰と過ごされるのですか?」


「ここで抜け駆けは無しだ、東山。私も部隊長就任前にお前を殺したくはない」


式神恵美那が音もなく入室してきた。


その後ろには藍沢渚と梶ケ谷三春も控えている。


「この者たちも同意見だそうだ」


藍沢渚が進み出て、デスクを回り込んでおれの手をとった。


「柩中尉改め八王子大尉、今まで色々とお教えいただき有り難うございました。…最後に、離れていてもこの力が大尉をお護りしますから」


藍沢渚はおれの手を握ったまま目を瞑る。


風も無いのに青い髪がふわっと広がり、キラキラと輝く青色の光子が彼女の周囲に散らばっていく。


そして、藍沢渚はおれの手の甲にそっと口付けをした。


何か、体の奥で力がみなぎるのを感じた。


「…終わりです」


はにかんだ笑顔を見せて、藍沢渚は梶ケ谷三春と代わった。


梶ケ谷三春は強めにハグをして、「だいぶ大人だったんですね。戦争が終わったら、私結婚してあげてもいいですよ」と耳元で囁いた。


恵美那は入室したときの位置から動かず、ただじっとおれの目を見つめていた。


「君を、守るから」


おれは自分から言った。


椅子から立ち上がり、制服から中尉の記章を外してデスクに置く。


その動作を見て、恵美那が口を開いた。


「…私が権力を握るまでは力を貸せと言ったが、たかが生徒部隊の部隊長職で契約の履行を主張されるとはな。…こうなったら、次は軍本部での立身出世を狙うしかない。お前は先に地ならしをしておけ。私が参謀として乗り込んだ暁には、秘書としてこきつかってやるからな。いいな?」


泣き笑いの顔でそこまで言って、恵美那は藍沢渚と梶ケ谷三春に退室を促した。


恵美那は去り際に東山紅緒の胸ぐらを掴み、「仕方無いから、奴の体はお前に貸しておく。せいぜい慰労してやれ。…何せ私はまだ16なのだからな」


おれは思わず吹き出してしまい、もうひと睨みされる羽目になった。


その後、東山紅緒の部屋で一時を過ごしたおれは羽田連理にジープを出してもらい、変わらず潮の香りがきつい最前線へと帰ってきた。



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