第4話:初めてのダンジョン攻略(※ただし主食はドラゴンです)
「……ねぇ、本当にここに入るの?」
王都郊外にある『黒岩の洞窟』。
入り口からはヒヤリとした冷気が漂い、奥からは時折、地響きのような唸り声が聞こえてくる。僕は腰に下げた安物の剣を握りしめ、ゴクリと唾を呑んだ。
「当たり前じゃない! パパのオーブがあるんでしょ? さっさと行くわよ、カンちゃん!」
アビィはといえば、暗い洞窟の中でもフリルをなびかせ、遠足にでも行くような足取りだ。
「主殿、ご安心を。私が背後から見守っております。……おや、ちょうど『おやつ』がやってきたようですな」
パパが優雅に指をさした先――洞窟の最深部が、カッと赤く照らされた。
「グオォォォォォォン!!」
現れたのは、漆黒の鱗に覆われた巨大な翼。この地域一帯の主とされる、ランクAの魔物『ブラックドラゴン』だ。
その巨体から放たれる圧倒的な威圧感に、僕は膝が震えそうになる。
「ブ、ブラックドラゴン……! あんなの、魔導師団の一個小隊がかりで戦う相手だぞ!?」
「ふーん、あれが今日の相手? ちょっと色が可愛くないわね。……パパ、あれ『チョコ味』にしていい?」
「よろしいでしょう。娘よ、主殿の好みに合わせてビターにするのですぞ」
「了解! えいっ!」
カチッ!
アビィがカスタネットを鳴らした瞬間、洞窟の中に甘ったるい香りが爆発した。
なんと、ドラゴンの漆黒の鱗がみるみるうちに茶褐色に染まり、テカテカとした光沢を放ち始めたではないか。
「ギ、ギガッ……!?」
ドラゴンも困惑している。自分の体が巨大なミルクチョコレートに変貌しているのだから当然だ。
怒り狂ったドラゴンが口を開く。放たれるのは必殺の『火炎息』――。
「あちちちっ!? なんだこれ、火じゃない! 溶けたチョコだ!」
口から放たれたのは、ドロドロに溶けた熱々のフォンダンショコラだった。
僕は必死に左右に飛び跳ねて、チョコの濁流を避ける。
「主殿、避けてばかりでは魔力は増えませんぞ」
パパが僕の背中を、トン、と叩いた。その瞬間、僕の喉の奥がカッと熱くなる。
「えっ、何、パパ!?」
「その魔法を、直接食べて吸収するのです。 あれは高密度の魔力の塊。今の主殿の『空っぽの器』を満たすには最高の栄養分です」
「食べるって……これ、物理的にチョコだけど、中身は魔法なんだろ!? む、無理だよ……あぐっ!?」
喋った隙間に、飛んできたフォンダンショコラが口の中に飛び込んできた。
「……!?」
甘い。そして、熱い。
けれど、飲み込んだ瞬間、胃の底から全身に凄まじいエネルギーが駆け巡るのを感じた。
魔力不足でいつも重かった体が、嘘みたいに軽い。
「いける……これ、いけるぞ! はぁぁぁぁぁぁ…………っ!!」
僕は思い切りため息をつきながら、今度は自らチョコの海へ飛び込んだ。
パパから教わった通り、流れ込んでくるエネルギーを自分の回路に無理やり押し込んでいく。
「あら、カンちゃんやるじゃない! じゃあ仕上げはアタシね!」
アビィが空中へ飛び上がり、チョコ化したドラゴンの角をポキッと軽快な音を立てて折った。
「はい、これアタシの分! カンちゃん、残りのウエハース(翼)は全部食べていいわよ!」
「グ、ギガァァァァ……(涙)」
かつての洞窟の主は、角を奪われ、翼をかじられ、最後には僕の魔力吸収によってただの「お菓子の彫像」へと成り果てたのだった。
「ぷはぁ……。お腹いっぱい……。……あれ? なんか、手の先から光が……」
見れば、僕の指先から小さな魔力の火花が散っていた。
パパの力を借りずとも、自分自身の力が目覚めようとしている。
「お見事です、主殿。……さあ、デザートの時間は終わりです。本番は、その奥に眠る『オーブ』ですよ」
お腹をさする僕と、角チョコを幸せそうにかじるアビィ。
僕たちは、さらに深い洞窟の奥へと足を進めた。




