第3話:追放された無能と、お菓子の家の高級審問官
翌朝、僕が甘い香りの漂うリビング(ソファーはマシュマロ製だ)で目を覚ますと、外が騒がしかった。
「出てきたまえ、不法占拠者! これほどの魔力異常を放置しておくわけにはいかん!」
聞き覚えのある嫌な声に、僕は頭を抱えた。
クッキーのドアを開けて外に出ると、そこには見事な装飾のローブを纏った男が数人の部下を引き連れて立っていた。
「……ゼクス。魔導師団の『高級審問官』様が、こんな裏路地に何の用だよ」
ゼクス・バルト。かつての僕の同僚であり、僕を「無能」と蔑んで追放を主導した男の一人だ。
「ふん、ゴミ溜めにふさわしい格好だな、カノン。……それにしてもこの家は何だ? 魔力のない貴様にこんな高度な具現化魔法が使えるはずがない。さてはどこかの宝物庫から禁忌の魔導具を盗み出したな?」
「盗んでないよ。これはその、友達が……」
「黙れ! 言い訳は憲兵団の牢の中で聞こう。――者共、まずはこの不気味な建物を解体しろ! 『火炎球』!」
ゼクスが杖を振るい、巨大な火球が放たれる。
アビィが前に出ようとしたその時――。
「――お待ちなさい。娘が出るまでもありませんな」
背後から現れたパパが、僕の肩にそっと巨大な手を置いた。
その瞬間、背筋に冷たい電気が走るような感覚に襲われる。
「主殿。あのような低俗な術式、今のあなたでも十分に消し飛ばせます。……さあ、大きく息を吸って。私の力(魔力)を、あなたの『器』に通すイメージを」
パパから流れ込んでくるのは、暴力的なまでに純粋で強大なエネルギー。
普通なら体が弾け飛ぶはずだ。でも、不思議と恐怖はない。
「はぁぁぁぁぁぁ…………っ!!」
僕はいつものように、深く、深くため息をついた。
その吐息に合わせて、僕の体を通ったパパの魔力が、目に見えるほどの衝撃波となって前方へ放たれる。
ドォォォォン!!
「なっ、ぐあああああ!?」
ゼクスの放った火球は、僕の魔力に触れた瞬間にロウソクの火のように虚しく消えた。
それどころか、余波だけでゼクスたちは派手に吹き飛び、裏路地のゴミ箱に頭から突っ込んでいる。
「ば、馬鹿な……魔力ゼロのカノンが、私の魔法を無効化しただと……!?」
「すごいわ、カンちゃん! 今の、ちょっとだけカッコよかったじゃない!」
アビィが隣でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。
僕は自分の手を見つめた。痺れるような熱が残っている。
「……僕が、やったのか?」
「いえ、まだ第一歩に過ぎません。主殿の『器』は、私が思っていた以上に広大だ。今の衝撃で、ようやく魔力の回路が少しだけ開通しましたな」
パパはゴミ溜めで震えているゼクスたちを一瞥もせず、遥か遠く、王都の外に連なる山々を見据えた。
「主殿。あちらの洞窟に、私の魔力の欠片――『深紅のオーブ』の反応があります。それを取り込み、浄化するたびに、あなたは真の力を手にするでしょう」
「……パパの力を取り戻して、僕も強くなる、か」
僕はもう一度、ゴミ溜めで情けなく叫んでいる元同僚を見た。
不思議と、もう怒りは湧かなかった。見ているステージが変わったのだ。
「……行こう、アビィ、パパ。ここにいたら、せっかくの家を全部食べられちゃいそうだしね」
「賛成! カンちゃん、アタシを飽きさせないでよね!」
こうして、僕とゴスロリ魔神、そしてお茶目な大魔王の「世界を救うついでに成り上がる旅」が、本格的に幕を開けたのだった。




