第7章 初めての光、揺れる灰の心
1 傷の奥の痛み
翌朝、綺羅は鏡の前でぐっと息を飲んだ。
制服のボタンを開き、胸元を見る。
(……まだ赤い)
影狼との戦いで受けた一撃の痣は消えていた。
だが、その奥――蒼核のある場所だけ、青白く光が残っている。
「……また、熱い」
手をかざすと、皮膚越しに脈動が伝わってきた。
昨夜の暴走しかけた“残響”だ。
(このままだと……いつか、耐えられなくなる)
胸の痛みは、一歩ごとに身体の奥をかき乱した。
「綺羅、そろそろ行くよー!」
階下から母の声。
綺羅は慌ててボタンを閉じた。
――普通の高校生活なんて、もうほとんど残っていない。
2 金の雫
登校中。
煌はいつもより静かだった。
「昨日の……光のこと、なんだけどね」
「うん」
「これ……」
煌は制服のポケットから、小さな“金色の粒”を取り出した。
ビー玉ほどの大きさ。
淡い光を放ち、触れると温かい。
「朝起きたら、枕元に落ちてて……
これ、わたしの中から出たんだと思う」
「光核の……欠片?」
「わかんないけど……なんか、“わたしの一部”ってかんじがして」
煌は粒を包むように持つ。
「綺羅。
わたし、どうすればいい?」
綺羅は、胸の痛みを隠して笑った。
「大丈夫。
煌は、間違ってないよ。
その光が生まれたのは……君が“守りたい”って思ったから」
「……守りたい」
「だから、恐がらなくていい」
煌の顔に、ほっとした笑みが広がる。
(でも――)
綺羅は胸の奥を押さえた。
(光核が生まれれば生まれるほど、
蒼核と“つながり”が強くなる。
そのたびに、暴走の危険も……)
「綺羅、本当に元気?」
「えっ!? げ、元気だよ!」
「今日、声が変だよ?」
「平気平気! ほら、急がないと遅刻しちゃう!」
綺羅は笑いながら歩き出した。
(言えるわけない……
蒼核が限界に近いなんて……)
3 灰狼の揺れ
廃ビルの屋上。
ルーヴァは膝を立て、風を受けていた。
胸元の灰核は、昨日からずっと不穏な鼓動を続けている。
(綺羅……蒼狼……
見てると、胸が……苦しい……)
灰狼に感情は不要。
クロウはそう言った。
けれど、昨日綺羅が煌を守る姿を見たとき――
胸に刺すような痛みを覚えた。
(どうして……?
どうして綺羅が……まぶしいって思うの?)
そこへ、影が現れる。
「ルーヴァ」
クロウだった。
「昨日の影狼が全滅した」
「……すみません。
でも、綺羅は、強い……」
「問題ではない」
クロウは静かに歩み寄り、ルーヴァの顎に指を添えた。
「お前の心臓――灰核は、“未完成”だ」
「……未完成?」
「蒼核と光核が動き始めた今こそ、
灰核は“真の役割”を果たす時がきた」
「真の……役割……?」
「近いうちにわかる。
だが、今は――綺羅を追え」
クロウはルーヴァに背を向けた。
「灰狼は蒼狼を食らうために存在する。
それが、お前の宿命だ」
ルーヴァは動けなかった。
一言も返せなかった。
(宿命……
本当に……それだけ?)
胸の灰核が、弱々しく震えた。
4 金の粒が導く場所
放課後。
「綺羅、今日……一緒に帰ってもいい?」
「うん! もちろん!」
煌は胸元に手を当て、何度も深呼吸していた。
「さっき、また熱くなって……
光が、動き出してる気がする」
「無理しないでね。
光核が形を持つと……心も、体も揺らされるから」
綺羅は、昨日綴の中で煌が震えていた姿を思い出していた。
そのとき――
「きゃああああああっ!!」
遠くから悲鳴。
二人は顔を見合わせた。
「綺羅……!」
「行こう!」
手を取って走り出す。
悲鳴が聞こえた路地へ飛び込むと――
闇が渦巻いていた。
「影狼……!」
ふたりを見つけた影狼が、ゆっくりと立ち上がる。
数は四体。
全て昨日よりも濃い影をまとっている。
「綺羅! どうするの!?」
「煌、後ろにいて!」
綺羅は胸に手を当てた。
「《変身》!!」
蒼光が弾け、蒼狼が迫る影狼と激突した。
5 蒼狼、押される
影狼の一体が蒼狼の拳を受け止める。
昨日とは比べ物にならない強度。
(……強い!)
蒼狼は全身を使って押し返すが――
影狼の爪が蒼狼の腹部に叩きつけられた。
「がっ……!」
膝が沈む。
蒼核が暴れ出す。
(だめ……この状態で暴走したら……!
煌に、また……!)
「綺羅ぁっ!!」
煌が叫ぶ。
影狼が煌へ向かって走り出す――
「いかせないっ!!」
蒼狼は蒼い爪で影狼をはじき飛ばすが、
すぐに別の一体が後ろから跳びかかった。
「……っく!」
蒼狼の背に爪が食い込む。
痛みが走り、胸の蒼核が強く光る。
(抑えないと……
でも……もう、限界……!)
その瞬間。
「綺羅っ!!」
煌の胸から金色の光があふれ出した。
それは昨日よりも明確で、
“形”になりかけた光。
綺羅の蒼核に触れ、
蒼狼の暴走をわずかに鎮める。
「煌……!」
「お願い……戻って!!」
光核の力が、蒼核の“暴走の縁”を押し返した。
蒼狼は息を吐き、影狼へ拳を叩き込む。
蒼光が破裂し、四体目も霧になって消えた。
蒼狼がしゃがみ込み――変身が解ける。
6 影の上の灰色
「綺羅!!!」
煌が飛び込み、綺羅を抱きしめた。
「ごめん……また、守ってもらっちゃって……!」
「いいの……わたしは、煌がいるから……」
綺羅は胸の痛みに顔を歪めながら、笑った。
ふたりのほほが触れるその上――
廃ビルの屋根。
ルーヴァが、無言で見下ろしていた。
(綺羅……
戦って、傷ついて……
でも、誰かを守って……)
胸が痛む。
灰核が、くぐもった光を放つ。
それは、核としては“不純な揺らぎ”だった。
(クロウは言う……綺羅を倒せって……
でも……そんなの……)
綺羅の弱い笑顔が、胸から離れない。
ルーヴァは唇を噛んだ。
「綺羅……」
風にかき消えるほどの小さな声で、ルーヴァは呟いた。
「……どうして……泣きそうになるの……?」
《第7章 完》




