第21章 境界に立つ者、夜明けを渡す
1 炉の中心
街の中心部。
かつて人々が集い、笑い、別れを交わしていた広場は、
今や“炉”となっていた。
地面には無数の灰色の紋様。
空気は重く、呼吸をするたびに胸が軋む。
中央に立つのは、クロウ。
その胸には、もはや隠しきれないほどの灰の鼓動が脈打っていた。
「……来たか」
クロウは、三人を見て微笑む。
「人の心を守るために、
戦わず、奪わず、寄り添う……
美しい幻想だ」
だが、その声には確かな苛立ちが滲んでいた。
「だが、もう遅い。
炉は満ちた。
灰核は――完成する」
灰色の光が、空へと立ち昇る。
2 未完成の王
ルーヴァは、胸を押さえながら前に出た。
「……クロウ……
灰核は……あなたのものじゃない……」
クロウは一瞬だけ、目を伏せた。
「違う。
最初から、私のものだ」
影が、彼の背後で人の形を作る。
無数の“失われた心”の残滓。
「世界は、心を持つには脆すぎる。
だから私は、
心を一つに集め、
灰にして、管理する」
煌が叫ぶ。
「それは……
生きてるって言わない!!」
クロウは静かに言い返す。
「生きるとは、
苦しむことだ。
私は、それを終わらせる」
その言葉は、
歪んでいるが――
嘘ではなかった。
3 綺羅の歩み
綺羅は、一歩、前へ出た。
拳は握らない。
爪も出さない。
ただ、胸に手を当てる。
「……クロウ」
その声は、
不思議なほど穏やかだった。
「あなたは……
心を“終わらせたい”んじゃない」
クロウの瞳が、揺れた。
「……なに……?」
「あなたは……
預かりたいんだ」
綺羅は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「失われるのが……
怖かっただけ……」
灰の鼓動が、一瞬乱れた。
煌とルーヴァは、息を呑む。
クロウの影が、かすかに震える。
「……黙れ」
だが、その声には、
もはや絶対の自信はなかった。
4 境界の選択
綺羅は、さらに一歩近づく。
「……だから……
奪わなくていい」
胸の奥で、
蒼でも光でも灰でもない鼓動が響く。
「わたしは……
境界に立つ」
クロウが睨みつける。
「境界だと?
そんな曖昧な存在に、
世界が委ねられるか!!」
綺羅は、首を振った。
「委ねない。
返す」
その瞬間――
綺羅の胸から、柔らかな光が溢れた。
それは核ではない。
通路だった。
「心は……
持ち主のところへ……
帰るべきもの」
光が広場を包み込む。
灰色の紋様が、
ひび割れ、剥がれ落ちていく。
5 灰核の崩壊
「な……にを……!」
クロウの胸の灰核が、
激しく脈打ち、悲鳴を上げる。
集められた心が、
綺羅の作った“通路”を通って、
元の場所へ戻り始めた。
「やめろ!!
それでは……
世界はまた……!」
「壊れるかもしれない」
綺羅は、はっきりと答えた。
「それでも……
自分で、感じるべき」
灰核に、
大きな亀裂が走る。
クロウは膝をついた。
「……私は……
間違っていたのか……」
ルーヴァが、そっと近づく。
「……いいえ……
あなたは……
怖かっただけ……」
その言葉と同時に――
灰核は、静かに崩れ落ちた。
6 夜明け
空が、白み始める。
灰は消え、
人々は、戸惑いながらも
自分の心を取り戻していく。
クロウは、影のように薄れながら、
綺羅を見た。
「……境界の少女……
それは……
孤独だぞ……」
綺羅は、微笑んだ。
「……もう……
一人じゃないから」
クロウは、何も言わず、
夜と共に消えた。
7 三人で迎える朝
広場に、朝日が差し込む。
煌は、深く息を吸った。
「……終わった……?」
ルーヴァは、少しだけ笑った。
「……たぶん……
始まったんだよ……」
綺羅は、二人の間に立つ。
狼でもない。
英雄でもない。
ただ、
境界に立ち、渡す者。
「……帰ろう」
三人は、並んで歩き出す。
壊れやすい世界へ。
それでも、生きる場所へ。
夜は、終わった。
物語は――
ここから、続いていく。
《第21章 境界に立つ者、夜明けを渡す 完》




