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第20章 炉となる街、戦わない選択

1 灰の兆し


 街が、静かに狂い始めていた。


 瓦礫は動かない。

 建物も崩れていない。

 それなのに、人々の“目”が違う。


 通りを歩く人間たちは、

 誰も彼も、胸に手を当てて立ち止まっていた。


「……なんか……

 胸が……重い……」


「理由もないのに……

 不安で……」


 感情が、

 灰のように沈殿していく。


 煌は周囲を見渡し、

 唇を噛んだ。


「……始まってる。

 クロウの言ってた“炉”……」


 ルーヴァは震える声で答える。


「人の心が……

 少しずつ……削られてる……」


 灰核が、

 遠くから人々の感情を吸い上げている。


2 戦えない現実


 綺羅は、

 自分の拳を見つめていた。


 以前なら、

 蒼狼の力で飛び込んでいた場面。


 だが今は――

 蒼核が沈黙している。


(……無理に使ったら……

 たぶん……壊れる)


 煌が、綺羅の様子に気づいた。


「……無理、しないで」


「うん……」


 綺羅は小さく頷いた。


「でも……

 何もしないのも……嫌」


 ルーヴァが顔を上げる。


「……じゃあ……どうするの?」


 綺羅は、

 苦しむ人々を見つめながら、

 静かに言った。


「……行って、話す」


 二人が目を見開く。


「話す……?」

「今……この状況で……?」


 綺羅は一歩、前に出た。


「クロウは……

 “心”を燃料にしてる。

 だったら……

 心を、取り戻せばいい」


 それは、

 戦いではない。


 接触だった。


3 最初の人


 路地裏で、

 一人の男性が座り込んでいた。


 背中を丸め、

 呼吸が浅い。


「……だいじょうぶですか?」


 綺羅が声をかける。


 男性は、ゆっくりと顔を上げた。


「……わからない……

 なんで……こんなに……

 怖いのか……」


 綺羅は、

 そっと距離を詰めた。


「……理由は、なくていいです」


 胸に手を当て、

 自分の鼓動を感じる。


 ――ドクン。


 弱く、

 でも確かな音。


「……ここに……

 ちゃんと、あります」


 男性の視線が、

 綺羅の胸に引き寄せられる。


「……あ……」


 その瞬間。


 灰の靄が、

 男性の胸から、

 ゆっくりと剥がれ落ちた。


 煌とルーヴァが、息を呑む。


「……心が……戻ってる……」


 男性は、

 深く息を吸い、

 涙を流した。


「……ありがとう……」


4 広がる波紋


 一人、また一人。


 綺羅が触れた人々から、

 灰の気配が薄れていく。


 特別な言葉はいらなかった。


 否定しないこと。

 奪わないこと。

 寄り添うこと。


 それだけで、

 心は、灰から戻ってくる。


 ルーヴァは、

 その光景を見つめながら、

 小さく呟いた。


「……綺羅……

 もう……狼じゃないね……」


 煌も、頷く。


「うん……

 “境界”のまま……

 人でいようとしてる……」


 綺羅は振り返り、

 少し照れたように笑った。


「……狼でも……

 人でも……

 どっちでもいいかな」


 その瞬間――


5 クロウの怒り


 空が、暗転した。


 影が街を覆い、

 重苦しい圧が降り注ぐ。


「……気に入らないな」


 クロウの声が、

 街全体に響く。


「戦わずに……

 炉を冷ますとは……」


 影の中に、

 巨大な“灰の脈動”が浮かび上がる。


「ならば――

 炉を、さらに強くする」


 遠くで、

 人々の悲鳴が上がった。


 別の区域で、

 感情の吸収が一気に加速している。


 煌が歯を食いしばる。


「……街、分断してる……!」


 ルーヴァは青ざめた。


「……灰核が……

 悲しみを……選んでる……」


 綺羅は、

 ゆっくりと息を吸った。


「……行こう」


 拳を握らない。

 爪も出さない。


 それでも、

 足は前に出る。


「まだ……

 間に合う」


 その背中は、

 かつての“蒼狼”よりも、

 ずっと強かった。


6 炉の中心へ


 三人は、

 影が最も濃い方向へ向かう。


 そこには――

 “人の心が、最も燃えている場所”がある。


 クロウの計画は、

 確実に進行している。


 だが同時に、

 綺羅の選んだ道も、

 世界に小さな変化を生み始めていた。


 戦わないという戦い。


 奪わないという抵抗。


 そして――

 心を、心のまま守るという選択。


 それが、

 最終章への鍵になるとは、

 まだ誰も知らない。


《第20章 炉となる街、戦わない選択 完》

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