第17章 灰の門、三つの心臓の叫び
1 灰の柱の中で
世界が、反転した。
上も下もわからない。
音は遠く、光は歪み、
綺羅は“落ちている”のか“浮いている”のかさえ判別できなかった。
(……ここ……どこ……?)
蒼核の鼓動だけが、はっきりと聞こえる。
――ドクン。
――ドクン。
その音に重なるように、
別の鼓動が混じり始めた。
重く、鈍く、
灰のように冷たい鼓動。
(……ルーヴァ……?)
さらに、もうひとつ。
澄んだ光のように、
必死に脈打つ鼓動。
(……煌……)
三つの心臓の音が、
同じ空間で響いている。
綺羅は、理解した。
(ここ……核の中……
三人の……境界……)
2 灰の門
闇の中に、
巨大な“扉”が浮かび上がった。
それは石でも金属でもなく、
灰でできた門。
門の中心には、
鼓動する“核”が埋め込まれている。
『――ようこそ』
声が響いた。
クロウの声だ。
『ここが“灰の門”。
三つの核が交わる場所。
そして、新しい支配が生まれる場所だ』
門の前に、影が形を成す。
クロウは現実よりも若く、
どこか人間離れした姿で立っていた。
「やめて……クロウ……」
綺羅の声は震えていた。
「こんな……こんなの……
わたしたちの心を……壊すだけ……」
クロウは静かに首を振る。
「壊す?
違う。
“統合”だ」
彼は門に手を触れた。
「蒼は衝動。
光は感情。
灰は記憶と死。
三つが一つになれば、
完全な“核”が生まれる」
門が軋み、
開きかける。
3 ルーヴァの叫び
「……やめてっ!!!」
鋭い声が闇を裂いた。
灰色の光が弾け、
ルーヴァが姿を現す。
震えながらも、
はっきりとクロウを睨みつけている。
「わたしは……
道具じゃない……!」
クロウが目を細める。
「灰核が、意思を持ったか。
予想より早いな」
「綺羅の心を……
煌の心を……
奪って完成する核なんて……
そんなの……いらない!!」
ルーヴァの叫びに呼応し、
灰の門が一瞬だけ揺らいだ。
綺羅は、はっとする。
(ルーヴァ……
命令じゃない……
自分の心で……)
クロウの声が低くなる。
「感情は灰核に最も不要なものだ」
影が伸び、
ルーヴァの身体を締め上げる。
「っ……あ……!」
ルーヴァは苦しみながらも、
それでも視線を逸らさなかった。
「……それでも……
わたしは……綺羅を……」
その瞬間――
4 光が割り込む
「ルーヴァ!!!」
金色の光が、
影を切り裂いた。
煌が、光の中から飛び出してくる。
「クロウ……
もう、いい加減にして……!」
煌の胸の光核が、
これまでにないほど強く輝いていた。
「綺羅の心を……
ルーヴァの心を……
壊してまで作る世界なんて……
わたし、絶対に認めない!」
煌は綺羅の方を振り向き、
泣きそうな顔で微笑んだ。
「綺羅……
戻ろ……三人で……」
その言葉が、
綺羅の胸を強く打った。
(戻る……
そうだ……
わたし……戻りたい……!)
蒼核が、
初めて“自分の意思”で強く脈打った。
5 蒼狼の拒絶
「……ふざけるな」
クロウの声に、
明確な怒りが混じる。
「灰の門は、
すでに半分開いている。
止められるはずがない」
クロウが手を振り上げる。
門が、さらに開こうとした――
その瞬間。
「――いやだ」
低く、確かな声。
蒼い光が、
綺羅の身体から溢れ出した。
「わたしは……
奪われるために生きてるんじゃない」
蒼狼の姿が、
闇の中に鮮明に浮かび上がる。
獣の衝動ではない。
少女の意思を宿した蒼。
「クロウ……
わたしは……
門を、拒絶する!!」
蒼核が吠えた。
――ドクンッ!!!
衝撃が走り、
灰の門に亀裂が入る。
クロウが初めて、
一歩後退した。
「……蒼核が……
“拒否”した……?」
門が悲鳴を上げるように軋む。
6 三つの手
綺羅は、
震える手を前に伸ばした。
「煌……
ルーヴァ……」
二人も、同時に手を伸ばす。
三つの手が、
核の中心で重なった。
蒼・光・灰が、
ゆっくりと絡み合う。
しかしそれは、
クロウの望む“支配の融合”ではない。
**“守るための共鳴”**だった。
「三人で……戻ろう……」
煌が言う。
「一緒に……生きたい……」
ルーヴァが続ける。
その言葉に、
綺羅は強く頷いた。
灰の門が、
きしみながら停止する。
完全な完成には、
至らなかった。
クロウは歯噛みする。
「……まだだ。
儀式は……終わっていない……」
闇が再びうねり始める。
灰核は、
未完成のまま――
暴走寸前で震えていた。
《第17章 灰の門、三つの心臓の叫び 完》




