第14章 暴走する蒼、届かぬ声、迫る黒影
1 蒼狼の衝動
蒼光が、屋上を灼くように満たしていた。
綺羅は完全に蒼狼形態へ変わり、
呼吸ひとつで空気が震えた。
煌が綺羅の腕を掴んだまま、
必死に声を張り上げる。
「綺羅!! わたしの声、聞こえる!?
止まって!! お願い……!」
だが綺羅の瞳は蒼の光に染まり、
焦点も名前も失っていた。
狼の耳がピクリと立ち、
蒼い息が漏れる。
「……ぁ……あ……」
今の綺羅の声は、人のものではなかった。
胸の奥で蒼核が脈打つたび、
綺羅の身体が衝動のまま動く。
クロウの方へ――
ただ、その一点だけへ。
「行かせない!!」
煌は綺羅の腕にしがみついたまま踏ん張るが、
蒼狼の脚力は凄まじく、
瓦屋根を砕きながら進もうとする。
ルーヴァも必死に反対側から綺羅を押さえた。
「綺羅! 戻って!!
クロウのところ行っちゃだめ!!」
しかし蒼狼の身体は止まらない。
まるで――
“誰かに呼ばれている”というよりも、
そこへ向かわねばならない運命そのもの
に引きずられているようだった。
2 クロウの接近
蒼狼と少女二人がもつれ合うその前で、
クロウは一歩、また一歩と近づく。
「蒼核……
その暴走は、美しい」
白衣に似た黒布が風に揺れ、
クロウの影が長く伸びる。
「暴走の瞬間こそ、心臓は最も無防備になる。
その時を待っていたのだ」
煌とルーヴァは綺羅を抱きしめたまま、
クロウを睨みつける。
「近づかないでっ!!」
「綺羅には触らせない!!」
だがクロウは笑みを崩さない。
「無駄だ。
この少女の心臓は、すでに“門”となっている」
その言葉が風を刺し、
綺羅の身体が大きく震えた。
蒼核が、臨界を迎えようとしている。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン!
3 心臓への手
クロウの手が綺羅の胸元に伸びる。
蒼光が吸い寄せられるように揺れ、
綺羅の身体が拒むように反り返る。
「や、やめてっ!!」
煌が叫び、クロウの腕を掴む。
「離れろ。
光核の少女よ」
クロウが軽く腕を払っただけで、
煌の身体は後方へ弾き飛ばされた。
「煌!!」
ルーヴァが飛びつこうとするが、
クロウの影が彼女の足を絡め取る。
「灰核は従順だな。
だがもう、お前を必要とする段階ではない」
「離してっ!!」
影の拘束は冷たく、強い。
綺羅はそんな二人を見て――
本能だけで咆哮した。
――ガアアアアアッ!!
蒼狼の咆哮が屋上を割る。
しかしクロウはまったく動じない。
「暴れろ、蒼狼。
その心臓が輝くほど――
奪いやすくなる」
クロウの手が、綺羅の胸に触れた。
蒼核の光が、吸われる。
「綺羅っ!!!!」
煌が悲鳴を上げた。
ルーヴァは涙を浮かべながら、
ただ必死に足掻いた。
「いや……いや……!
綺羅の心臓、取らないで!!」
クロウの指先が蒼光の中心に触れた。
その瞬間――
4 弾かれる導師
蒼核の光が、爆ぜた。
――ボンッ!!
蒼白い衝撃が走り、
クロウの身体は何メートルも後方へ弾き飛ばされた。
瓦礫を転がり、
やっと立ち上がる。
その顔から笑みが消えていた。
「……拒絶した、だと?」
クロウは蒼狼を睨む。
綺羅は胸を押さえ、
蒼い光を吐き出すように荒く息をしている。
その姿は苦しげで、危うかった。
(綺羅……!)
煌が手を伸ばす。
(綺羅……戻って……)
ルーヴァが涙をこぼす。
だが綺羅は二人を見ても、焦点が合わない。
蒼核が、
クロウの支配すら拒んだ。
「まだ……蒼核は未完成……
だが……これほどの拒絶反応は予想外だ」
クロウは唇を噛み、
瞳に黒い光を宿す。
「ならば――
もっと深く暴走させねばならないか」
黒い影がゆっくりと立ち上がる。
夜明け前の空が、
不穏な黒に染まり始めた。
5 蒼狼の軋む呼吸
綺羅の呼吸が荒れ、
蒼狼の装甲がびくりと震えた。
「綺羅っ、しっかりして!!」
煌が抱きしめる。
「お願い……わたしの声、届いて……!」
ルーヴァも必死に手を伸ばす。
しかし綺羅の耳には、
二人の声よりも――
“呼び声” が勝っていた。
胸の奥で誰かが囁く。
——蒼の心臓よ
——門を開け
——来たれ
「や……やだ……
わたし……行きたくない……」
かすかに、綺羅自身の声が漏れた。
その瞬間、
煌とルーヴァの目が大きく見開かれる。
「綺羅! 今の……!」
「意識が……戻りかけてる……!」
綺羅は苦しみながら口を開いた。
「たす……けて……
わたし……連れていかれる……
だれかに……」
蒼核が、悲鳴のように脈動した。
夜が完全に明けるまで、あと数分。
暴走は、この後――
さらに深い段階へと落ちていく。
《第14章 暴走する蒼、届かぬ声、迫る黒影 完》




