第13章 蒼狼、夜明けの暴走
1 呼び声
夜明け前の空気は冷たかった。
だが綺羅の胸の中は、逆に熱く荒れていた。
心臓の奥――蒼核が、
――ドクン
――ドクン
と、これまでにないほど強く脈動している。
(呼んでる……まだ、呼んでる……)
蒼い光が胸元からこぼれ、
皮膚の下で脈動の線が走る。
「綺羅、待って……!」
追いかける煌の声が震えた。
その後ろでは、眠気も吹き飛んだルーヴァが
必死に手を伸ばして走ってくる。
「綺羅、どこ行くの!?
まだ夜明け前だよ!」
その声さえ、綺羅の耳には遠く聞こえた。
(行かなきゃ……
あれは……わたしを呼んでる……)
遠くのビルの上で、青白い光が瞬いた。
見たこともない光なのに――
なぜか懐かしくて、胸が締めつけられる。
(呼んで……いる……!)
足が勝手に動く。
心が身体を置き去りにして進んでいく感覚。
煌が綺羅の手を掴んだ。
「綺羅っ、やめて! なんでそんなに焦ってるの!?」
「……行かなきゃ……いや……行かされてる……?」
綺羅の声は震えていた。
自分の意思が、薄くなっていく。
2 蒼核、臨界
そのとき。
蒼核が――
破裂しそうなほど強く脈打った。
胸に焼けるような痛みが走り、
綺羅は思わず膝をついた。
「っ……あ、ああああっ!」
「綺羅!!」
「やだっ、綺羅! 痛いの!?」
煌とルーヴァが駆け寄る。
しかし綺羅の身体が淡い蒼光に包まれると、
二人は一歩、後ずさった。
光が――獣の形を描いていく。
「綺羅……これって……」
煌が息を呑む。
綺羅の息は荒れ、目の焦点は外れ、
唇から震える吐息だけが漏れる。
「く……来る……っ……
変身……じゃない……
“暴走”……!」
蒼核の光が、綺羅の背に狼の影を浮かび上がらせた。
3 綺羅、蒼狼形態へ
そして――
蒼核が、月の残滓に呼応するように炸裂した。
――蒼狼解放。
綺羅の姿は蒼い閃光とともに変質し、
月光の残る薄明の中に狼の装甲が走り出す。
息を吸えば、世界の匂いが鮮明になる。
風の流れさえ見える。
しかし。
綺羅の意識は、曇っていた。
(わたし……誰?
どこへ……?)
足が勝手に前へ踏み出す。
目は“光”を追っている。
「綺羅!! 戻って!!」
煌が綺羅の手を掴もうとする。
だが蒼狼の脚力は凄まじく、
煌の指がすり抜ける。
「……うそ……綺羅……」
煌の瞳が震える。
ルーヴァは綺羅の背を見つめながら
ぽつりと呟いた。
「呼ばれてる……あの光に……
わたし……知ってる……
灰核も、あんな呼ばれ方した……」
その言葉に、煌が息を呑む。
「じゃあ……
あれはクロウの仕業……?」
「わかんない……
でも……綺羅、戻って来れないかも……」
ルーヴァの声が震えた。
4 クロウの祝詞
遠く。
ビルの上。
青白い光の中心で、クロウが立っていた。
「蒼核よ……
お前は必ずここへ来る。
心臓が心臓を求めるように」
蒼光がクロウの掌に吸い込まれていく。
「暴走こそ第一段階。
その果てに、“蒼”は“灰”へと変わる」
影がクロウの足元から立ち上がる。
「来たまえ――蒼狼。
お前を、完全な核へと導こう」
5 蒼狼の咆哮
その瞬間、綺羅は屋上に降り立った。
クロウの姿を視界に捉えた途端、
胸の奥の蒼核がさらに震える。
怒りではない。
悲しみでもない。
もっと、原始的で、原初的な――呼応。
「やっと来たか。
蒼狼の少女よ」
クロウの声が、耳にではなく心に届く。
「……あ……あ……」
綺羅は言葉にならない声を漏らし、
そのまま咆哮した。
――ガアアアアアッ!!
狼の音が、夜明け前の街に響き渡る。
クロウはそれを受け止めるように目を細めた。
「そのまま……
核を手放せ。
お前の心臓を……私に」
綺羅の身体が、一瞬ふらつく。
そのまま――
クロウへ歩き出しそうになる。
6 煌とルーヴァ、追いつく
「綺羅!!」
「綺羅待って!!」
煌とルーヴァが屋上に飛び込んできた。
綺羅がクロウへ歩き出しているのを見て、
煌の顔から血の気が引いた。
「だめっ!! 綺羅!!」
煌は咄嗟に綺羅に抱きついた。
その身体は熱く、呼吸は荒い。
「綺羅……戻って……
綺羅は、綺羅だよ……!」
しかし綺羅は――
煌を見ても、名前を呼ばなかった。
ただ、
遠くのクロウだけを見つめている。
ルーヴァの声が震えた。
「やっぱり……
綺羅、呼ばれてる……
クロウに……核を奪われる……!」
クロウは薄く笑った。
「さあ――
蒼狼の心臓をこちらへ」
そしてクロウが手を伸ばした瞬間――
蒼核が大きく脈動した。
綺羅の身体が弾かれるように震え、
煌とルーヴァも一瞬押される。
――ドクン。
――ドクン。
その鼓動は、暴走の最終段階。
《第13章 蒼狼、夜明けの暴走 完》




