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第1話 蒼き心臓の鼓動

 1 夜風に揺れる心臓


 神代綺羅かみしろきらは、胸の奥で鼓動が揺れるのを感じていた。


 普通の鼓動ではない。

 授業中に突然鳴り響くような、

 まるで“もうひとつの心臓”がそこにあるような――そんな響き。


(今日も……うるさい……)


 放課後の帰り道。

 夕焼けに染まった歩道橋の上で、綺羅は胸元を押さえた。


 蒼い、微かな鼓動。


 それは生まれつき彼女が抱えている“蒼核そうかく”の震えだった。


「綺羅、また痛むの?」


 隣を歩くきらめきが、心配そうに覗きこんでくる。

 幼なじみであり、誰よりも綺羅を気遣ってくれる少女だ。


「大丈夫……ちょっと疲れてるだけ」


「その“ちょっと”が全然大丈夫じゃないの。

 胸の音、また強く響いてるでしょ?」


「……うん」


 綺羅は嘘をつけなかった。


 胸の奥の蒼い鼓動は、

 まるで何かを求めているように強く脈打っている。


 その時――


 風が止んだ。


 まるで世界が一瞬息を潜めたような静寂。


 煌が足を止め、耳を澄ます。


「……何、この音?」


 微かな、金属が擦れるような音。

 それは歩道橋の下の暗がりから聞こえた。


 綺羅は階段の手すりを握ると、

 胸の蒼核がひときわ強く鼓動する。


 ドクン――

 胸の奥に、狼の爪のような痛み。


(また……?

 あの夜みたいな……)


 そう思った瞬間、暗がりから“それ”は現れた。


 2 心を失った影


 人の形をしている。

 だが、もう人ではない。


 皮膚は灰色に乾き、

 目は虚ろに濁り、

 胸元には“心臓の穴”が空いていた。


「……また、心を奪われた人……」


 煌は唇を震わせる。


「近づいちゃだめ。

 心を失ったシェイドは、人の声も届かない……」


 シェイドは、よろよろと歩きながら、

 二人へ手を伸ばした。


「ア……アア……」


 その手には感情がない。

 奪われた心の代わりに、ただ“空白”だけがある。


 綺羅の胸の蒼核が、怒るように強く脈打った。


(わたしに……戦えって言ってる……?)


 その瞬間。


 シェイドが叫び声をあげ、綺羅へ飛びかかる。


「綺羅ッ!!」


 煌が叫ぶ。


 だが――綺羅の身体は自分の意思より先に動いていた。


「離れて……煌!」


 蒼核が光を放つ。


 蒼い月光のような光が綺羅の身体を包み――


 3 蒼狼、目覚める


 まるで胸の奥に沈んでいた何かが弾けた。


 背筋に電流のような衝撃。

 視界に蒼い奔流が広がる。


 綺羅は息を吸った。


「――《変身》!」


 叫びではなく、本能の解放。


 蒼い光が弾け、身体がしなやかに変化していく。


 髪は淡く光を帯び、

 脚はしなる獣のように動き、

 背には蒼狼の紋章が浮かび上がった。


 綺羅は蒼狼ルミナ・ルプスへと姿を変えていた。


 狼の咆哮が喉奥から漏れる。


(これが……わたしの力……!)


 シェイドが覆いかぶさろうとする。

 綺羅は足元を蹴り、狼の跳躍で宙へ飛び上がった。


 着地と同時に旋風のような蹴りを叩き込む。


 灰の影が弾き飛ばされた。


「綺羅……なの?」

 煌が呆然と呟く。


 綺羅は返事をしようとして――

 言葉にならなかった。


 狼の力が、胸で暴れまわっていた。


「アアアアア!」


 シェイドが再び襲いかかる。


 綺羅は蒼い爪でその腕を掴み、

 地面に叩きつける。


 その瞬間――

 シェイドの胸の“心臓の穴”が微かに震えた。


(心……返さないと……!)


 綺羅は咆哮とともに蒼い光を放つ。


 蒼核の力がシェイドに流れ込み、

 灰色の皮膚が一瞬だけ人の色へ戻る。


「……たすけ……て……」


 その声を残し、影は霧のように消えた。


 心は戻ったのか。

 それとも、ただ消えただけなのか。


 綺羅にはわからなかった。


 4 蒼核の代償


 変身が解けると同時に、綺羅は地面に膝をついた。


「綺羅!」

 煌が駆け寄る。


「はあっ……はあ……

 だいじょうぶ……」


「全然大丈夫じゃない……!

 変身、負担が大きすぎるよ……」


 綺羅は胸を押さえた。


 蒼核が、まるで血を求める心臓のように脈打つ。


(わたしは……

 この力で誰かを救えるの……?

 それとも……ただ奪ってしまうだけ……?)


 その時。

 歩道橋の影から、低い声が響いた。


「――無理をするな、蒼狼」


 綺羅も煌も、はっと振り向く。


 そこに立つのは黒い影。

 人の形をしているが、人ではない。

 黒い狼の気配をまとった謎の少女。


「あなたは……誰?」


 綺羅が問うと、黒狼の少女はただ一言だけ告げた。


「“蒼核”の覚醒を……導師クロウは望んでいない」


 その言葉を残し、影のように消えた。


 綺羅の胸の蒼核が震える。


(導師……クロウ……

 あなたは……わたしの“心臓”を狙っているの……?)


 夜風が吹き抜ける。


 蒼い心臓が、悲鳴のように震え続けていた。


 《第1話 蒼き心臓の鼓動 完》

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