8.盗賊
ローは立ち上がると俺と対峙し、右手を正面に翳し魔法を唱える。
「武器召喚魔術――舶刀ヴェスカ」
光の中から現れたのは、片刃の剣。海賊が使うような、幅広の短剣である。
拳を守るための護拳があり、美しい意匠が施されている。
一目見てわかる、業物だ。
「んまあこいつぁ船の上で立ち回るための剣なんだが、一番丈夫なんでなあ。お前さんの怪力でもそうそう折れねえぜ」
そう言い切っ先を俺に向ける。
「おい、ダイチ! 武器召喚は手練れの証だ! 気を付けろ!」
「心配してくれるのか?」
「はあ!? 誰が貴様なんか!」
背後にファスタと仁美を抱えるミトが、俺に向かって叫ぶ。
村長の家からはかなり離れた。護衛対象から距離を離した。
畑に囲まれた広い道での戦闘になる。
余裕ぶって俺は正面にローを見据える。
けど、内心はそう穏やかではない。
確認できるだけで8人に囲まれている。正面には手練れ。伏兵もいるかもしれない。
対して俺は、超パワーを授かっただけの日本人。
……それでも、やらなければ。
そうしなければ、殺される。
「っ!」
最初に動いたのはローだった。
ゆっくり近づくように歩き始めたと思ったら、次のステップには奴の間合いだ。
刃を水平にし、剣を俺の首へと薙ぐ。
俺は無理やりな体制でその剣を避ける。
剣はヒュンと俺の首元を掠める。
超パワーがなければ体を支え切れなかっただろう。
ローは半身になり、蛇のような目で右肩から俺を覗く。
逃さんと、続いて二撃。
上段へ突き、そして横薙ぎ。
突きを横に避けると、俺は自分の身長よりも高く飛び薙ぎを避ける。
そのまま空中で体を捻転。
回し蹴りを放つ。
ローは直撃を食らうことはなかった。
が、その風圧によってごろごろと転がるように数メートル吹き飛ばされる。
「くっそ、なんだよそれ……」
とぼやくロー。
追撃せんと俺は距離を詰めようとしたが、彼の仲間達が一斉に襲い掛かる。
彼らはローの邪魔にならない隙を伺っていたのだろう。
一人目は上段から剣を降ろす。
その前に、腹に拳を入れる。
……彼らはローほどの手練れではない。見事直撃し、大きく飛ばす。
まだまだ来る。
3人同時。
俺は強く地面を蹴り上げ、砂埃を起こし目くらましにする……つもりが、それはまるでハリケーンのような風になる。
敵の目をつぶしながらまたも吹き飛ばす。
まあ実際砂ぼこりも起きたわけで、目くらましは成功だ。
しかし、一息つく間もなく俺の顔を高速の石が掠める。
頬から滲む血。
そうだ。
ローは魔法が使えた。
距離を取られたほうが厄介だ。
俺はその石が飛ばされたほうへと走る。
砂埃を突っ切り視界が開けると、そこにはいない。
ローがファスタたちの方へと向かっているのが見えた。
まずい!
俺も急ぎ向かう。残る盗賊たちに構ってる暇もない!
敵を護衛対象に近づけるな!
彼に対峙するのはミト。とはいっても、互いにまだ距離がある。
彼女はローに向かい風魔法を放つ。
「音風刃!」
この世界において、決して魔法名を宣言する必要はない。
しかし、詠唱はあったほうが安定するのだそう。
飛ばされたかまいたちのような風は、ローへと向かう。
しかし、彼もただ黙っているわけではない。
「大地隆起」
そう唱えると、彼の走る足場が階段状に盛り上がっていく。そうしてミトの放った風の刃はその大地に飲まれていく。
「風使いは土使いに弱い……へへ、護衛の嬢ちゃんより俺の方が有利ってことですな」
作った土階段を駆け上る、地理的に上を取った彼は隆起した地面を前方に作り続け、ミトを見下しながら接近する。
剣の方が得意だから近づくのだろう。
俺は彼の後を追い、階段を上る。遠くから、また魔法発動の声が聞こえる。
「なにを……! 弩風弾!」
ミトはローを見上げながら、強力な風の弾を放つ。
――俺はのちにこれが中級魔術に分類されるものだと知る。
しかし、そんな攻撃も彼の前ではどこ吹く風である。
「土壁」
そう唱えると彼と風弾の間に土で出来た壁が出現し、風を完全に遮断する。
そして彼は土壁に飛び乗る。
大地隆起と土壁を足した高さから、ミトを見据える。
相手との距離を近いと見た彼は、剣を構え彼女へ飛び掛かる!
落下の勢いをすべて剣に乗せた一撃。
ミトはその攻撃を避ける。
避けさえすれば、一撃の重さなど関係ない。
しかしローはそれを見据え、自身の背に魔法で生成した石の礫を隠していた。
「石弾」
魔法を放つ。
と同時に、彼は斬撃も放つ。
ミトは後退しながら斬撃を剣で受けるも、腹部へ石の弾が直撃してしまう。
「うぐっ」
そしてすかさずミトへ追撃を入れようとするロー。
「させるかあああ!!」
隆起した地を走り、土の壁を殴り飛ばし、どうにか間に合った俺は、その高さから彼を地面ごと殴りつける!
「うぼごぅ!」
土は大きくへこみ、彼は反動で宙に浮く。
そのまま彼の首根っこをひっつかみ、隆起した大地へ投げつける。
「ぐあああああ!」
と、彼は叫ぶ。
まだ意識があるみたいだ。
「ああ、いってぇ……これ絶対折れてるだろ……」
ローは剣を握る右手で左腕を抑えながら立ち上がる。
「けど、まだ剣を振れる。まだ、戦える……!」
「いや、ロー、ここまでにしよう。こいつは俺たちが勝てる相手じゃない。」
突如、知らない声が響く。ローよりも若い青年の声。新手か。
そっちに目をやると、ローブにフードを深くかぶった男性が立っている。
「……コロ、逃げるってのかい?」
「ああ」
「じゃあ今回は失敗、村人を奴隷商に売って終わりってか?」
「いや、村人も手放す。大勢抱えては、こいつらから逃げられない」
周りを見てみると、動ける盗賊が倒れた仲間たちを抱えている。今にも逃げようとしている。
「しけてんな……。まあ、しょうがねえか。それじゃ、また会おうぜ、怪力の兄ちゃん!」
ローはそういうと、姿を消す。続いて、ほかの盗賊仲間やコロと呼ばれていた人も目の前からいなくなる。
俺は彼らを追おうとした。
「やめろ、いくな」
ミトが、俺を引き留める。
「あいつらは農薬をばらまく悪党だぞ」
「最優先はファスタ様の護衛だ。賊の討伐じゃない」
俺の目を見て言う。そういえばそうだった。アイツを殴りつけた辺りから忘れていた。
「……そうだな、わかった」
――――――
「ダイチさん、大変なご活躍、お疲れ様ですの」
ファスタは俺に感謝を述べる。
けど、俺はまだ安心できていない。
「まだ近くに奴らがいるかもしれない。しばらくは警戒しておく」
俺は、ファスタにそう言い、危険が残ることを周知させる。
「ええっと、ダイチさん。もしかしたら近くに、盗賊にとらわれていた村人たちがいるかもしれませんの。彼らを探すことはできないのでしょうか」
そうだ。確かに彼らは村人を手放すといっていた。正直な話、生きている保証はない。それでも、彼女の誠実な善意にこたえたい。
「……まあ、探してみるか」
それに、オーガニックを信念にしている村だ。俺も助けたい。
俺たちは村の周りを探索することにした。
<Tips>
・武器召喚は「魔法が使えるのにわざわざ武器を使う」奴しか使わない