6.訪問
異世界2日目の朝である。見張りをしていたが、結果的に何物にも襲われることはなかった。
暇なので、夜明けを眺めていた。すると、物音が聞こえる。
「起きたか、ミト」
護衛であるミトは警戒心が強いからか、一番に起床した。
「私の名を軽々しく呼ぶな。親しくない男に名を呼ばれると寒気がする」
ミトは寝起きとは思えないほどキレキレだ。
「私は寛容だから今回は多めに見るが、ファスタ様に無礼を働いたら命がないと思え。」
「覚えていたらそうする」
とりあえず、そう言っておく。こういう手合いはやり過ごすのが正解だ。
俺たちが会話を続ける間も、仁美とファスタは毛布に包まり寝ていた。
すう、と小さく寝息が聞こえる。薪が少なくなり小さくなる焚き火の前で少し寒いだろうが、それでも疲れていたのだろう、ぐっすりである。
「日も登ってそろそろ出発する時間じゃないか? 俺が仁美とファスタを起こそうか?」
「貴様! さっきの話聞いていたのか!? 名を軽々しく呼ぶなと言ったであろう!」
「ああ、すまん、忘れてた」
軽々しく答えると、この女はますます熱を入れる。
「ファスタ様は今ぐっすりお休みになられていらっしゃる! それを無理やり起こすだなんて、これだから男は信用ならんのだ! まさか、ファスタ様の寝込みを襲おうと!? そんな事を考えていただなんて!」
「言い掛かりだ!」
「な、否定するだなんて、男にそんな権利があると思うな!」
耳が痛くなるほどに怒鳴りつける。
あまりの声量に、寝ている二人が身じろぐ。
「……んん、ミト、うるさいですの……」
「す、すみませんファスタ様! それもこれも、全てこの男が悪いのです!」
「俺は悪くないだろ」
「じゃあ私が悪いとでもいうのか!」
「そうだが!?」
「ああそうか、私が悪いって言うんだな! 大切な主人の眠りを妨げた罰として、切腹をご所望か!? それで満足か!」
「なんでそうなる!?」
「だから、静かにしてくださいまし……」
「も、申し訳ありません!」
騒がしさに耐えきれず体を起こしながらファスタは目を擦る。
「もう朝ですのね……」
続いて、仁美も目を覚ます。
「……ん、まだ眠い……」
現代日本人には耐えがたい行程であったからか、目覚めが悪そうだ。
しょぼしょぼした目をこすりながら体を起こす。
正直、俺もまだ眠気がとれていないが、知らない土地だ、多少の無理をしてでも気張るべきだ。
「ダイチ……貴様、覚えとけよ……」と恨み言を吐くミトを尻目に、俺は悪くないだろ……と思いながらも、俺も出立の準備をするのであった。
軽く朝食を食べ、火を消し、馬車を動かす。
御者を兼ねた護衛であるミトとファスタは馬車に乗り、仁美と俺はそれに付随して歩く。
本当は俺も乗りたいのだが、基本的に護衛とは馬車を囲むようにするそうだ。御者を兼ねたミトは例外らしい。
仁美は戦えるわけでないのだが、歩いている。護衛として雇われたという体がある以上そうしたほうがいい、というのが仁美の見解だ。
そうして、歩き続けると、景色が変わった。
昨日は木に囲まれた街道であったが、畑が見えてきた。
今はおそらく春なのだろう。青々と広がる畑は、まだ植えたばかりのイネ科っぽい植物のものだ。麦だろうか。
「目的地は近いか?」
「ええ、この先に村長の家があるはずですの」
風のざわつく音と小鳥の声がくっきり聞こえ、牧歌的な情景が目の前に広がっている。
しかし、仁美はどことなく不安げな顔で呟く。
「……なんかめちゃくちゃ見られてるんだけど」
そういえば、畑仕事をする農民であろう人達は、仕事すらせずに俺たちを凝視する。
「俺達が日本人だからじゃないのか?」
そう予想する。服も現代日本のものだし、俺達は珍しい人間ではあるだろう。
「それにしても、ちょっと見られすぎじゃない? ファスタ、訪問は今回が初めてなの?」
「ええ。私たちの商会が訪問するのは今回が初めてだと聞きますわ」
「……なら、しょうがないわね」
話をしながら俺たちはあぜ道を行く。
農民の家らしきものは点在していて、おそらくは隣接する畑を管理しているのだろう。
「家が集まっていないけど、魔物に襲われたりしないのかしら」
仁美は疑問に思ったことを呟く。確かに、道行くだけでゴブリンに襲われるような世界では不用心だろう。
「人が住む所には結界がある。つまり、この村にはゴブリンなど低位の魔物は近づけない。」
ミトは仁美には丁寧に答える。……俺との扱いの差はなんだんだよ。
「もっと強い魔物だったら?」
「どうせ農民が集まって暮らしても無力だ。討伐隊を呼ばなければならないような魔物は災害、どうしようもないだろう。そうならないために国や冒険者がこの森の点検をしている」
「ふーん、よくできてるのね」
そんな話をしていると、目的地が見えてくる。
「村長さんの家はあちらですわ!」
それは、他の家よりもひと回り大きな平家。窓はガラスではなく、木の格子である。静かだからか人気がないように感じるが、それはここが田舎の農村だからであり、きっと誰がいるのだろうな。
俺たちは、その平屋の近くに馬車を停め、村長宅をノックする。
「ごめんくださいまし!」
――――――
「ようこそいらっしゃいました! さあさ、こちらへ!」
出迎えたのは中年の男性であった。身体はがっちりしており、無精髭を生やしている。いかにも農民といった色褪せた服を身にまとい、俺たちを歓迎しているとアピールするかのように笑顔で招き入れる。
農村の村長といえばお爺さんというイメージがあるったが、想像より若い。
「へへ、お待ちしておりました! 私の名前はローと言います、是非ローとお呼びくださいませ!」
「ええ、歓迎感謝いたしますわ! 私はファスタ・ルミマール、ルミマール商会のものです! 背後に控えるのは私の護衛でございますの」
ローという村長は木製の椅子を用意し、低いテーブルを挟みファスタと対面する。
俺と仁美は屋内の護衛をミトに任せて、家の周りを警戒しようと考えていた。
大勢を引き連れていては商談の心象も悪いだろうと思ったからだ。
しかし、そちらの方も是非と村長が俺たちをも招き入れるので、お邪魔することにした。
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