5.毒(添加物)
夜、虫の音を聞きながら焚き火を囲んでいた。
きっと日本にはいなかったであろう、知らない虫の音だ。
「ぐぅぅぅ〜」
これも知らない虫の音だろうか……? と仁美を見ると、顔を赤くしてお腹を抑えた。
「し、仕方ないでしょ! こっちきてから何も食べて無いんだから!」
虫は虫でも、腹の虫だったらしい。
俺たちはファスタと名乗る女の子の馬車に同行させてもらえることになった。その上、彼女達は食事まで振舞ってくれるらしい。
ファスタは保存食なのであまり豪華ではありませんが……と謙遜するが、この世界に来てから何も口にしていない俺たちにはどんなものでも嬉しい。
「それでは、いただきましょうか」
ファスタがそういうと、俺達はいただきますと合掌してから目の前の食べ物に目を向ける。
干し肉のスープと硬いパンと、まさに昔の保存食と言ったメニューだ。パンをスープに浸して食べると、素朴な味わいが口に広がる。つい、感想が口に漏れてしまう。
「添加物の風味のない、良い食べ物だな」
「あんた、また変なこと言って……」
仁美はジト目で俺を見る。他二人は困惑し、ファスタの護衛のミトが俺に質問する。
「テンカブツってなんだ?」
「身体に害のある薬物のことだ」
「そうなのか?」
「それじゃあ語弊があるでしょ!」
正しいことを言っているのに、仁美は俺を非難する。
「食品を美味しくしたり保存したりする目的で入れる物質のことでしょ」
「それが危ないって話じゃないか」
「少なくとも元いた国では安全だったのよ!」
俺は話にならないと会話を終わらせようとすると、ファスタはこの話に興味津々と目を輝かせていた。
「やっぱりお二人は遥か遠くから来たのですよね! 気になりますわ!」
異世界から来た、と言うことを信じているかは正直怪しい。が、知識や服装が余りにもこの地域ではあり得ないのだろう。彼女は俺達の話を期待するような目で見ている。
その期待に、応えようじゃないか。
「そうだなあ、例えば、俺がいた国ではもう馬車は使われていなかった」
「それではそれでは、遠方への移動はどうしていたのですか?」
「自動で動く鉄の車を使っていたな」
「自動で動く車ですか……。コモスポートでは見たことがないのですが、水平線より向こうにある大陸では鉄路の上を走る車があると聞きましたわ」
鉄路……鉄道のことか。
この世界にもあるんだなぁと考えていると、仁美が身を乗り出す。
「もしかして、その鉄道って、魔法で動いていたりするのかしら!」
「え、ええ。それ以外にどうやって動かすんですの?」
「すごい、すごい! 魔導列車ってところかしら! 見てみたいわ!」
日本の話に目を光らせるファスタと魔法に興味津々な仁美はどこか似ていた。
そんな仁美に、少し目を伏せてファスタは答える。
「それが、近頃海に巨大な怪物が棲みついて船を出す事が出来ないのです……」
「……それは、残念ね。船が出せないとなると困る人が大勢いるでしょうに」
「ええ、ここ数ヶ月の話なのですが、貿易が完全に閉ざされてしまっています。失業者が賊になってしまう事案もあるんですの」
日本では、野生の獣に人が襲われる事件はあれど、ここまでの被害を受けることはなかった。異世界ならではの厳しさ、というのだろうか。
「そいつは、なんとか出来ないのか?」と、俺が問う。
「それは難しいのです。あの魔物は災害級でして、騎士団や海兵団、冒険者などこの地にいる戦力を全て募っても勝てるかどうか」
「そうか、災害」
そう言われて俺は納得した。日本にもいくつかある、災害によって大きなダメージを受けた事案が。
……。
「まて、ファスタ。さっき水平線と言ったな。“その向こう”に鉄道があると」
「た、確かにそう言いましたが、それが何ですの?」
「それは、この大地が丸いから大陸が死角に隠れて見えなくなったとでも言いたいのか?」
「ええ、地球は丸いと教会で学びましたの!」
なんと、この世界も球体論が蔓延っているらしい!
「あんた、まだ地球が平面だと思ってんの……」
「お前だってこの世界のことを知らんだろう!」
「まあ、確かにそうだけど……少なくとも、元いた地球は球だったじゃない」
「これだから、権威主義に囚われた愚民どもは……。教会が言ったから正しいだとか、そんなことはないだろう! いいか、俺は俺の目で見たものしか信じない――」
「バカじゃないの?」
そんな話をしているうちに、夜は更けていく。
この世界の話、日本の話、それぞれで盛り上がる中、ここまで静かにしていたミトが俺に問い掛ける。
「おい、見張りは交代でいいな?」
「……見張り? 何のことだ?」
「なっ、護衛を引き受けたのであろう? であれば、ファスタ様がお休みになられている時に警戒するのは当然だろう!」
ああ、そうか、やっと理解した。寝ている間に魔物に襲われてはいけない。
現代日本で旅をしたこともない俺にはない文化だった。
……もしかしたら、会話をしている間もずっと静かだったのも、周りを警戒していたからなのだろうか。
「ああ、わかったよ。戦える俺たち二人で番をしよう」
「当たり前だ」
と、ミトは言う。
本当はもっと寝ていたい。日本にいた頃には感じられないほどの眠気がするのだ。しかし、襲われて死んでしまっては元も子もない。気張る時だ。
少しの話し合いの結果、夜半まではミトが、その後は俺が担当することになった。
「時間って、どうやって測るんだ?」
「星を見ればだいたいわかるだろう。はっ、そんな事も知らんのか」
「何だこいつ……」
いちいちマウントを取ってくるが、俺は温厚なので我慢した。俺は温厚なので。
この世界は鉄道がある程度には科学が進んでいるようです
本日は4話投稿します!