4.ヒーロー
恍惚な表情をしながら宣言をする大地を見て、仁美は頭を抱えた。
「あんの馬鹿……」
彼女にとって、最悪である。侮辱が漏れるのも無理はない。仁美は異世界モノに詳しい訳ではないけど、セオリーは知っている。
(あの口上は何なのよ! 異世界がどんな文化かもわかんないのに、自己紹介なんてする? いやそれより、神の命により異界から〜なんて、何で言っちゃうわけ? 異世界転生者だって言ってるようなもんじゃない! そのくせ神の命なんて承って無いし!)
仁美は偽名を名乗るだけあって、危機感は人一倍あった。
(それに、言葉が通じるかどうかもまだわかんないのに……)
それに、大地に比べて理知であった。
しかし、戦闘は続く。大地はゴブリンを殴る、そしてもう一度、殴る。拳を振るうたびに、断末魔も聞こえないほどにゴブリンは吹っ飛んでいく。
――女騎士にとっては、異様な光景だったろう。
見たこともないような服を着た男が突然走ってきたかというと、ゴブリンを魔力も使わず無手で殴りつけた。慄き、硬直する他のゴブリンたちも、順に吹き飛ばされていく。
ゴブリンは大地が拳を振るう度に数を減らす。吹っ飛んでいくゴブリンは、そこからは見えない何処かで延びている。おそらく、絶命しているのであろう。
そうして最後のゴブリンを吹き飛ばす。
その場にはもう異形のの怪物は居ない。しかし、依然として張り詰めた空気が解ける様子はないのだった。
――――――
「気持ちいい……!!」
ゴブリンを殴り飛ばす。そして、注目を浴びる。その全てが、俺の快楽の為に仕組まれた装置のようだ。
俺は人の注目を浴びる事が好きだ。そして何より、その注目が好意的になった時の快楽は他に変え難い。ただの一般聴衆が「真実」に気付いて俺を敬い始めた時ったらもう、天にも昇りそうになる。
そして今、俺はヒーローだ。怪物に襲われている馬車を、救ったのだ。
さあ、敬う顔を見せるが良い!
「な、何奴!!」
女騎士は吹き飛ばされた剣をわざわざ握り直し俺に向けた。
全く想定していなかった。
「おかしい。俺は君達を救った。名乗りをあげた上でだぞ」
「神だの異界だの信じる奴があるか、これだから男は。怪しい奴め」
「ぐぬ」
女騎士は俺をキッと睨みつける。
どうしようか。
「おーい、仁美! 助けてくれ!」
何も思いつかないので、人を頼る事にした。
「はあ!? 何でここで私を呼ぶのよ!」
「仕方ないだろ、俺じゃどうしようも出来ないし」
ぷんすか怒りながら、仁美は草むらからひょっこり顔を出す。
「き、貴様ら、仲間が居たのか……!」
「ほら、余計に警戒しちゃってるじゃない!」
女騎士は驚きながらも、なお警戒を緩めない。
「最悪……。何で私までこんな目に……」
――実は仁美は逃げようとしていたのだが、大地は知る由もない。
張り詰める空気。女騎士は警戒して、動かない。俺からできることもか何もない。全て正直に話したし。
夕日の前、誰もが動けずにいた。
「ちょっと待ってくださいまし!!」
静寂を切り裂いたのは俺でも仁美でも女騎士でも無かった。
彼女は馬車の中から降りると、対峙する女騎士と俺たちの間に入り、大きな声を張り上げた。
「私の名はファスタ・ルミマール。とある商会の一介の子女ですの! そして、こちらは護衛のミト」
尊大な態度をとる小柄な女の子は、ウェーブがかかったオレンジの髪を肩辺りまで伸ばし、旅装にしては鮮やかな服を着ており、良家の子女といった様相であった。
対して、ミトと呼ばれた人は藍色の長髪を携えた切長の女性。女性にしては比較的背が高い……あくまで日本人と比べてだが。要所に鎧を着込んでおり、まさに女騎士って感じだ。
「ファ、ファスタ様……! 危ないですよ!」
「ミト、大丈夫です」
女騎士……ミトを制止し、ファスタは俺たちの方へ足を運ぶ。そうして、勢いよく頭を下げて快活に言う。
「私達の窮地を助けて下さって、ありがとうですの!」
ああ、そうだ、これだよこれ。この反応が欲しかったんじゃないか。
身悶えていると、突き刺さる視線が2つ。一つは仁美のもので、もう一つは女騎士のものだった。
「ファスタ様、やっぱりこのオスは気持ち悪いですよ! 関わらない方がよろしいのでは?」
「ミト、失礼ですわ。私達にとって救世主とも言えるお方なのですよ」
「ぐう……」
ぐうとしか言えなかった女騎士のことはさておいて、ファスタと名乗った女性は話を続けた。
「一つ、お願いがございますの。貴方のお名前を教えて下さいまし。後ろに控えているお仲間の方も、是非」
振り返ると、仁美が茂みを抜け出しこっちに向かってきた。「げ、巻き込まれた……」と言いたげな顔だ。
「俺は、平瀬大地だ」
「……私は、只野仁美」
「なるほど、ダイチさんに、ヒトミさん、ですのね! 私、覚えました! この出会いはきっと運命ですわ!」
そういうと、ファスタは姿勢を正す。
「そして、わたくしにはお二人に依頼があるんですの」
「依頼?」
仁美は疑問を問う。
俺も、続いて質問する。
「依頼ってどんなのだ?」
「護衛ですわ!」
「護衛?」
「ええ。わたくし、護衛のミトと二人である農村へ商談に向かっておりました。しかし、この辺りの魔の森は想像以上に厳しく、わたくし達だけでは進むことすらままならないと知りましたの」
なるほど、確かに先程ゴブリンと戦っていた時も劣勢であった。俺自身、戦闘の心得がある訳ではないのだが、圧倒的なパワーの前では大抵のものは蹴散らせそうだ。
「ここから1日ほどの旅程で着く農村まで行く予定です。コモスポートに戻るのは、3日といった所ですの」
悪くない提案だ。異世界のノウハウがないから、彼女達に教えてもらえる。それに、人は多いほうが心強いものだ。
その護衛役であるミトは聞いていなかったようで、「ちょっと待って下さい、ファスタ様! こんな怪しい輩を連れて行くと言うのですか!」と喚いている。
こちらも、仁美と相談する。
「おい仁美、どうするべきだ?」
「なんで私に聞くのよ……。まあ、現地の人と行動できるのなら、そうしたほうがいいのかもしれないわね。懸念点は、彼女達はあまり旅の経験がなさそうなのだけれど……」
「経験がないって言うのなら、俺たちも同じだ。関係ないだろ」
「それもそうね。ついでにお金がもらえるんだもの」
仁美の方も割と好意的だった。
俺たちの方は、依頼を受けると言う形で、あっさりと話し合いが終わった。大変なのはファスタ達の方だ。
「ファスタ様! 考え直して下さい!」
「いいえ。わたくし達には必要ですわ!」
「あの人達に救われたと言うのは100歩譲ってわかるのですが、それでも得体が知れません!」
「あの方々はきっと、冒険者か旅人の類いではなくて?」
「変な服に装備もなく、異界から来たと名乗るだなんて、不自然です!」
一向に終わらない話し合い。ミトは俺たちに対してかなり警戒しているようだ。
別に怪しいものじゃないんだけどな。
と思っていると、仁美が俺を不審なものを見る目で見ている。心でも読めんのか?
「ミト。今回、初めて外に出る許可が出たのです。至らない所もたくさんあるのですが、この旅を成功させたいんです! それに、この出会いはきっと運命の思し召しなのです」
「ファスタ様……。ぐぅ……わ、わかりました……」
ミトは苦い顔をしながら、ファスタの勢いに押され渋々了承した。
ミト:藍色の髪と目の女騎士(専属護衛)。脱いだらすごいらしい。
ファスタ・ルミマール:オレンジの髪に碧眼のですわ系お嬢様。脱いでもすごくないらしい。