3.初戦
「きゃあああああ!!!!」
悲鳴の聞こえる方へ興味本位で向かってみる。
草に隠れながら遠くから観察する。
「あれは……馬車と……人?」
ついてきた仁美がこそこそとつぶやく。
疑問に思うのも無理はない。
目に映るものは、信じがたい光景だ。
帆のついた馬車の前に、一人の直剣を持つ女性の騎士がおり、その周りを緑色の肌をした、人の子供……のような生き物が囲っている。御者はいない。騎士の人が担っていたのだろうか。
「鑑定……あれは、ゴブリンね」
仁美の左目が光ると、一番近い個体の鑑定結果を教えてくれる。
ちなみに、わざわざ鑑定と詠唱する必要は無いのだが、そうした方がやりやすいらしい。
「ゴブリンといえばファンタジー系の中でも定番の魔物ね。鑑定によると、力はだいたい子供と同じくらいらしいけど……」
仁美は言い淀んだ。目を凝らすと、ゴブリンたちは武器を持っている。そもそも20……いや、30はいるゴブリンを相手取るのは明らかに分が悪いだろう。最も近いゴブリンは俺たちの方を一瞥する。気が付いたようだが、興味がないとばかりに女騎士に向き直る。
対する女騎士は、肩や胸に金属板を仕込んだ鎧のようなものを着ている。ヘルムは被ってなく、藍の髪が晒されていて、頭部を守りきれていないことが不安だが、異世界ではこれが当たり前なのだろう。
「これは、まずいか……?」
と思っていたのだが、女騎士は健闘していた。一匹のゴブリンが棍棒を振り翳したと思ったら、見事なステップで躱わし、そのまま横に斬り伏せる。
今度は同時に襲われる。しかし、またもその攻撃は女騎士に当たることはなかった。ゴブリンの攻撃が終わる頃には、すでにゴブリンは斬られていた。
「あの人、すごい……」
見事なものだった。
なるほど、重く、視界が狭くなるヘルムを被らないのは彼女の立ち回りに理由があったわけだ。フルアーマーではないが、重いはずの鎧を着込んでなお身軽に動ける彼女ならば、敵の攻撃を避けつつ戦うのは理に叶っている。
女騎士は接近戦では負けないだろう。ゴブリンとはスピードも技も何もかもが違う。
そうなると、一つの疑問が思い浮かぶ。
「……だとしたら、最初に聞こえた悲鳴が気になるな」
「え? ああ、そうね。そういえば、悲鳴が聞こえたからここに来たんだっけ。でも、あの女騎士が挙げた声じゃなさそうだし……」
そう。洗練された動きをする女騎士から挙げられた悲鳴だとは思えない。だとすると、中にその声の主がいるのか? 騎士の護衛対象がいる事は十分にあり得る。
しかし、ゴブリン達は近接武器しか持っていない。じゃあ、馬車の中は攻撃されないだろう。だと言うのに、遠くにいた俺たちに聞こえるほど大きな悲鳴をあげるか……?
俺は悲鳴の主を疑問に思っていた所だったが、仁美はもう一つ疑問があるようだった。
「あの少し離れてるゴブリン、何をやっているんだろう。あのゴブリンだけ、武器を持ってないわ……」
確かに、奇妙にも一匹のゴブリンがまるで状況を俯瞰するようにポツンと立っている。他のゴブリンは女騎士を取り囲み、武器を持って凄むが、そのゴブリンだけは別だった。
そのゴブリンはしばらくして、女騎士の方に手を向けた。そうして何か声をあげる。
「キエエ……!」
そして、その手から淡い光の粒子を漂わせたかと思うと、強い風がこちらに届いた。
けど、本命はこっちじゃ無い。その手の前方にいた女騎士は周囲のゴブリンごと大きく吹き飛ばされ、そしてその背後にあった馬車に背中から追突し、そして馬車もまた押されている。
「きゃあああああ!」
馬車の中から悲鳴が聞こえる。
そうか、これが原因だったか。
「……あれは、魔法……? ま、まさか始めている魔法がゴブリンのものになるとは、思っても見なかったわ……」
仁美は大きく目を見開いた。
驚くのも無理はない、俺もとても驚いている。
しかし、そんな場合ではなかったかもしれない。
「……剣が吹き飛ばされているな」
女騎士の手から、その直剣は吹き飛ばされていた。
「こ、これじゃあ不利なんじゃ……。」
流石に、武器なしでここまで囲まれは厳しいのか、先ほどまでのようにはいかない。何とか拳で戦うも、間合いが狭まったのか攻撃を喰らう事が増えてくる。
俺たち日本人なら一発でも喰らえば動けなくなりそうなものだが、女騎士は立ち上がって素手でも全力で抵抗して見せる。
「……あんたのその怪力で、なんとかならないの?」
無茶振りである。が、俺たちが街にたどり着くには、この街道を通らなければならない。
「一か八か、やっていみるか」
運任せは嫌いじゃない。気分は高揚する。常にポジティブに、なんとかなる。
引き寄せの法則に従えば、ポジティブに考えると良い結果をもたらす。
……よし。
「うおおおお!!!!」
まず、孤立する魔法を使うゴブリン目掛けて一目散に走り、全力で殴りつけた。
――パアアァン!
直後、強い風を感じると、破裂音に近い轟音が耳をつんざく。
それは、爆風のようでもあった。土埃が舞う。
……何とかなった。成功だ。殴り飛ばされたゴブリンは物言わぬ。気づいたら、全てのゴブリンがこちらに振り向いていた。女騎士も驚いた様子だ。
俺は乱入者だ。この場所にとっても、世界にとっても。今、この場にいる誰もが俺のことを注視する。
大きく息を吸い、腹の中に空気をため込み、天高くまで響く声で宣言する。
「俺の名は平瀬大地! 神の命によって異界より馳せ参じた、真実を知る者であり、警告者である!」
その場が完全に静まり返る。俺の独壇場である。
「人に仇なす異形の怪物の討伐、助太刀致す!」
ゴブリン:よわそうなやつ
本日は次でラストです!