22.教会
「まさか、本当に倒すなんて……ラプラスの預言が外れた?」
旧王城の一室で、報告を受けた女性――コモスポート魔法学校の学長ことソフルが、資料を見ながらぽつりとつぶやいた。
「なんぞよ?」
対するのはフン・ゾリカエリ―氏。かつての王家を滅ぼし革命を成功させた男。今はコモスポート国議会の議長を務めている。
「ふふ、こっちの話よ……ゾリちゃん、あなたはとても嬉しいんじゃない? リヴァイアサンが討伐されて」
「当たり前ぞ」
この国に住むものとして、巨大な怪物の盗伐を喜ばない人はいない。しかし、ソフルの意図は違った。
「ふふ、それもそうだけど……グレースちゃんが活躍したことも。教会が、今回の作戦に参加していないことも」
逡巡の後、ゾリカエリ―は彼女の言葉を咀嚼した。自分たちの革命に反対していた『旧貴族派』の人たちに対し、牽制する意図があったと言いたいのだ。
「……確かに、グレースが手柄を取ってきて助かったぞよ。グレースはワシの子も同然。特に、『教会』……奴らは今もなお『英雄の血族』を探しておる……王家を復活させるために」
「ええ、だから私を呼んだんでしょう? 魔法学会を味方につけるために」
ソフルは直球に物言う。
「でも……ごめんなさい、私はゾリちゃんを愛しているのだけど、学会がどう動くかは、私の一存では決められないの」
「わしは、貴様の力が欲しいのぞよ」
「そうねえ……私はみんなのことも愛しているの。だから、必要な時に、必要な事をするとだけ、約束するわ」
――――――
昼下がり、路地での戦闘が始まった。
ミトがまずローに対して突撃を仕掛ける。それをローが手持ちのサーベルのような刀で弾く。
一歩引いて、また攻撃を仕掛けるも、ミトの攻撃は確実にいなされていく。
――私とファスタは、ミトにの背中に守られている。戦う能力がないのだから、当たり前なのだけれど、それが少し悔しい。
ノノリカは、小さく魔法式を唱えている。
「……集積――圧縮――高度――……」
しびれを切らしたか――もしくはノノリカの魔術を警戒してか、ローは魔術を使って牽制する。
「石弾」
石の礫は、ノノリカに飛んでいく。ミトは止めようとするも、届かない。
ノノリカは、石を頬に掠り、それでも魔法式を唱え続け、ついには腹部に直撃する――が、それでも止まらない。
「……――質量――熱圏――生成――……」
「へへ、嘘だろぉ……絶対痛いだろうに……」
ローもその様子に目を見開きながらも、ミトの剣を捌く。
そうしてノノリカの声がぴたりと止む。魔法式が完成した。
「下がって、ミトちゃん!」
「ああ!」
ミトはノノリカが何を使うかわかっているようだった。
すぐさまローと距離を取る。ノノリカはその隙を見逃さない。
「天体魔術……小隕石」
――魔術に詠唱は必要ない。ただ魔術師がこぞって詠唱をするのは、式や制御が安定するから――
ノノリカの魔術は、空高くから現れた。小さい熱を帯びた岩――隕石が一つ、落ちてくる。
ノノリカの精緻な制御によって、完全にローの頭上へと狙いが定まっていて、避けることは不可能――奴に直撃する。
爆風とともに砂埃が舞いおこる。
「ね、ねえ……ローは……」
私は気になって口に出してしまう。
「ううん……この程度では、死なないと思う。あの人は、相当、やり手だから……」
ノノリカが答える。
少しずつ視界が晴れて……見える人影は、まだ立っていた。
「へへへ……私じゃなきゃ死んでたかもしれないすなあ……私の魔力が多くて助かりやした」
「意志力です」
「ノノリカ、そこ重要?」
なんにせよ、彼はまだ生きている。きっと、絶えるまで狙い続けるだろう――ミトとノノリカも構えを直す。
その時だった。
「聖法術……オーリエ」
突如、私たちの間に激しい閃光が走る。視界が白み――目の前が見えなくなる。
「……何をしているのですか」
コツコツとブーツを鳴らしながら私たちに向かってくる誰か……目が慣れてきて見えたのは眼鏡をかけた青年。大きな戦槌を持ち、修道服を着ている。
「よくわかりませんが……街中での戦闘は禁止行為です」
彼は戦槌の頭を地面に置き、杖のように体重をかける。
「早く帰りたいので穏便に済ませたいのですが……もし抵抗するのなら、この私、勇者教会コモスポート支部”異端審問官長”のクラウがお相手いたしましょう」
私達しかいない路地に、その声は重く響く。
彼の黒い瞳は私達とローを対等に見据えている……彼にとっては、きっと「盗賊と市民」ではなく、「町で暴れている人達」だ。
背筋が張る。ローも危険だけど……この人には、また別の畏怖がある。話せばわかるタイプではあるだろうけど。
「へへ、教会の兄ちゃんがきたんじゃしゃあねえですな……」
そういって、ローは逃げ出す。さすがは盗賊、すぐさま姿は見えなくなる。
「助かった……」
ノノリカが声を漏らし、ぺたんと座り込む。私も怖かったから……胸を撫で下ろす気持ち。
「助けてくださってありがとうございます。今度、改めてお礼を――」
ファスタはこんな時でも礼儀正しく挨拶している。
「感謝は嬉しいのですが、今日は海兵団が居なくて忙しいのです。お礼もお気持ちだけで結構ですので」
クラウはそういって、私達から去ろうとする。
「――待って!」
私は、咄嗟に引き留める。
「……なんでしょう」
彼は顔だけ私に向かって振り返る。
……これを聞くことは、もしかしたら危ないことなのかもしれない。
「あなた……クラウさんは、勇者教会の中でも、かなり偉い人なのよね?」
「……ええ。一般的にはそう言えると思います」
けど、私は気になってしまった。
気になってしまったからには、聞かざるを得ない。
「そんなあなたに聞きたいことがあるの」
「なんでしょう」
彼は眼鏡をくいと上げて私を見る。
「もしかして、勇者……あなたたちの崇める勇者は、転生者だったりするの?」
巨大な怪物 完




