21.「巨大な怪物」討伐作戦(2)
俺とグレースは同時に駆ける。揺れ動く氷の海の上を、グレースは直線に、俺は弧を描くように回り込む。
見据えるはリヴァイアサン。氷河のような大地にぽかりと空いた穴から頭部だけを露出させている。
「走れ!」
グレースがそう叫ぶ。彼の手には海を凍らせるほどの冷気を持った剣――魔法剣:氷嶺を付与した直剣が握られている。
剣の切っ先がリヴァイアサンを捉え……遠距離から斬撃を放つ。氷礫となり、リヴァイアサンに降り注ぐ。うっとおしそうに体を振るも……やはり、傷をつけることは叶わない。
俺がリヴァイアサンまであと半分といった所まで走ったあたりで――奴が口を開く。また、あの技を使う。
「グレース、避けろ!!」
――海面上昇ビームだ。そのビームは、一直線にグレースにそのまま向かい――氷の海に当たるなり、大爆発を起こす。
轟音。爆ぜた海水と氷と風が俺にまで届き、飛ばされそうになる。
「――構うな、行け!」
グレースの声が聞こえた気がした。
そうだ、俺はとにかくリヴァイアサンを殴らねばならない。がむしゃらに走るだけだ。
リヴァイアサンはそれでも死なないグレースにしびれを切らしたのか、氷床に身を乗り出した。
地面が揺れる。
グレースはビームの爆風よって起きた波を凍らせ、その上に立ちリヴァイアサンを見る。
「この時を待ってた……。ダイチ殿! 氷を、地面を『返せ』!」
……まさか、そんなことをやれというのか。
リヴァイアサンの弱点……心臓は、体の中央、腹部にある。
つまり、奴の「腹を露出させる」必要がある。
だからって、まさか、この氷の地面ごと、リヴァイアサンを『返す』だなんて――
「やるのだ!」
グレースが叫ぶ。
そうだ、俺にしかできない。常識外れの怪力を授かった、俺にしかできないんだ。
俺は走る。氷の上を走り、リヴァイアサンの側部にたどり着くと、全力で地を踏み、氷を割る。
バキン――と、音がして、地面が割れる。何メートルもの暑さのある氷の床がの断面が、海に揺れあらわになる。
腰を落とし、全身の力を脚に込め――俺はリヴァイアサンが乗った側の氷を、思い切り踏み抜く!
「っうおおおおおお!!!!」
氷の板はすぐに崩壊する――が、その前に、リヴァイアサンを宙に飛ばす!
今しかない!
逆光で暗く映る腹を俺の目が捉える――それに向かって、跳躍!
「ダイチ殿、仕留めろ!!」
一直線でリヴァイアサンに向かって――そうして、こぶしを握り、最大限のうねりを付けて――殴る!
――パアアアン!
と音がすると同時に、肉がはじけ飛ぶ。
爆発が起きたかのような威力を持つ打撃によって、リヴァイアサンは頭と尾に分断される。
俺あはすぐさま振り返り、二撃目の準備をする――奴は、再生能力を持つ。心臓が残っていれば、すぐに仕留める――
「ウガガアア」
と、リヴァイアサンの唸り声が聞こえる――奴の声を初めて聴いた気がする。
奴は口を開き――まさか、海面上昇ビームか!
と思ったものの、その力はもう残っていなく、血を吐きながら息絶えた。
数秒の静寂。そうして、リヴァイアサンの体が完全に膠着したのを確認する。
氷原の上、俺とグレースはその様子を見ていた。
遠くで、汽笛が聞こえる。他の奴らも態勢を立て直したらしい。
遠くに見えるバルモッカとルピーが壊れた船のかけらを持ちながら駆け寄ってくるのが見える。
「……やったな」
「ああ」
俺とグレースは、小さく互いを称えあう。
なんにせよ、俺らは、『巨大な怪物』を討伐した。
――――――
「ダイチは今頃戦っているのよね……」
私達は作戦に向かうダイチ達を見送った後、その様子を港で見ていた。
港からは遠く、豆のようになった戦艦が見えるだけだけど、この街の存続がかかっているともいうほどの大事な作戦ということもあって、以前訪れた時と比べ物にならないほど人が集まっている。
「きっと大丈夫ですわ! ヒトミさんも、心配なさらずに!」
「うん……そうするしかないのは、わかっているんだけど……」
ファスタが私を慰める。私は日本で生まれ日本で育った。だから、命を懸けた戦いとか、そういうのとは無縁だった。この国で生まれ育ったファスタの方が慣れているのかもしれない。
「えっと……きっと、大丈夫……ですよ。ダイチさんの船にはバルモッカさんが乗っているっていうし……グレース……さんとか、海兵団も全戦力を注いでるって……」
「……強いの?」
私にはこの世界における「強さ」がよくわかってない。
そんな単純な疑問を持つ私にミトが答える。
「バルモッカは他国から来た冒険者だから実績はよくわからないな……。だが、海兵団所属のグレースは間違いなく強い。奴の氷の魔法剣は海賊船を丸ごと凍らせたという話もある。彼が13の時の話だ」
「船を……丸ごと!?」
「ああ。恐ろしい魔法剣の使い手だ」
さすがに、驚いてしまう。この世界の魔法って、すごく規模が大きいものなのかもしれない。授業で学んだ小さな魔術だけじゃ頼りないかも……。
とか思っているうちに、私はノノリカの授業の時に気になったことがあったのを思い出す。
「ねえ、ノノリカ」
「えっと……な、なんですか?」
「この間の授業の時、ノノリカ、『チューリング完全』とか言ってなかった?」
「えっとぉ、はい……忘れてください……」
「いや、いいの。その、『チューリング』って、もしかして、人名だったりする?」
これは、私の前世の知識。チューリング完全とかはよくわかんないけど、元の世界に『アラン・チューリング』って科学者がいたのは知っている。SFとかでよく見るチューリングテストの人。
つまり、この知識は、「異世界」の知識じゃない――元の世界の、地球から輸入された知識。
「えっと、っその、実は私もよく知らなくって……」
ノノリカの答えは意外なものだった。
「えっと……教会――『勇者教会』が、学問を作った時の、理論なんです……。現代のアカデミズム……批判哲学に則った学問は、全部”教会”が定めているんです……」
「そう……教会……」
そういえば、「この世界が球体」って教えているのも教会だっけ。
……もしかすると、教会に、私と同じ転生者がいるのかもしれない。
あるいは――「ぐううぅ……」
誰かの腹の虫が鳴った。
「わ、私じゃないぞ! 私を見るな!」
とミトが慌てている。
「……そういえば、お昼がまだでしたわ。ミト、ヒトミさん、ノノリカさんも、何か食べましょう!」
ファスタがそういうと、私の思考はおいしそうなご飯の香りに支配される。
「そうね、私もお腹がすいていたところなの」
そういって、ファスタが先導して人混みを離れる。
楽しそうに笑顔を浮かべるファスタの胸元には、私とおそろいのブローチが輝く。私達が、友達に送ったプレゼント。
この世界に信頼できる人がいるんだと思うと、戦いに行ったダイチを不安に思う気持ちも少しは安らぐ……あんな奴、心配する価値があるかわかんないけど。
私たちは混んでいる港の近くから離れて、人気の少なくなった路地を歩く。
――突然、ミトがファスタの腕を引いた。
直後、ファスタの頬に刃物が掠める。ナイフだった。
頬から血が滲む。
「ファスタ様、下がってください」
ミトはそういうと、ナイフが投げられた方へと剣を抜く。
ノノリカも杖――指揮棒のような形のものを抜いたのが見える。
私たちの視線の先。そこには人影があった。
「あんたは……!」
私も覚えているその人は、初めて訪れた村で村長を騙っていたいた盗賊の男。
その時も、ファスタの身柄を狙っていた。
「へへ、お久しぶりですなア、私はローと言いやす、お初のお嬢さんもいますからね……」




