2.異世界さんぽ
「森だ」
「森ね」
転生したら、一面森だった。
詳しいわけではないから大したことは言えないが、さまざまな高さの木が混合して、差し込む日が少ない。そのくせ所々草も生い茂り、足元は非常に悪い。
しかし、気温は元いた世界と同じくらいである。俺たちは元いた世界で死んだ時と同じ服装なのだが、春に着る服でちょうどいいと言った具合だ。
まあ、草木生い茂る森を歩く服装では無いのだが。
「どうしたものか」
よく周りを見渡すと、樹の下に封筒がある。
「なんだ、これ」
中を見ると、それは手紙だった。女神が書いたらしい。
「――あなたたちは人里近くの魔物の森に召喚されました。仁美さんには全てを見通す魔眼の権能に、大地さんには人智を超えた物理の力――怪力の権能に選ばれました。その力を使って魔王を倒せなどとは言いません。随分と昔に魔王は勇者に倒されました。あなたたちは新しい人生を好きなように謳歌してください。女神より――」
「……これって、いわゆる『チート能力』ってやつかしら?」
ここに来る前『選ばれた』とか言われたけど、これの事か……?
なんかよくわかんないけど、そういう能力が与えられたならうれしい。
俺に与えられたのは怪力。シンプルで明瞭。剣と魔法のの世界ならば、便利に使うこともできるだろう。
対して、仁美に与えられたのは魔眼。全てを見通すとかいう曖昧な表現で、わかりにくい。
「へえ、へえ! すごいわ! 魔眼ですって! 魔眼!」
仁美にとってはわかりにくさなど些事なようで、その能力に関心を寄せる。
「血とか見たくないし、戦闘系の能力じゃなくてこういう頭脳が活かせる能力が欲しかったのよ! 早速使って検証しないと……!」
仁美はそう言うと、左手を額に当て髪をかきあげ、右手を手紙のあった木に向ける。
「発動せよ、真理の魔眼!」
その瞬間、仁美の左目は虹色に輝く。成功したのが嬉しいらしく、小さくよしっ、とガッツポーズをする仁美は俺の視線に気付いたようで、俺に向き直る。
「な、なによ。いいじゃない、成功したんだし」
「いや、なんかイタいとおもって」
「あんただけはそれを言っちゃいけないと思う」
「まあ悪い事じゃないからな」
「なんか慰められてるみたいでそれ嫌ね! ……はあ、こうでもしないと、異世界に飛ばされたショックで気が狂いそうになるもの」
「まあ、そうか」
変にテンションが高いのも、ある種の自己防衛なのかもしれない。
などと考えを巡らせていると、仁美が能力の考察を始める。
「この魔眼は対象の説明をだいたい3行くらいで解説してくれるようね。重要度の高い情報から教えてくれるわ」
「なるほど、それは確かに便利だ」
「ただ、人には使ったらどうなるかは気になるわね」
「俺に使って見たらどうだ?」
「いいの?」
「ああ。知られて困るような事はない」
俺は能力検証のため実験体になる事にした。異世界は手探りだ、出来ることからやっていかないと。
「じゃあ……鑑定!」
「端折ったな」
「……うるっさいわね……」
またも左目が虹に輝く。ちゃんと発動したのだろう。
そして、その力が俺に届く……直後、俺に恐ろしい不快感が襲う!
「お、おい、なんだこれ! 仁美! 裸を見られてるみたいで不快だ!」
「はあ? 鑑定しただけよ? あんたが使ってもいいって言ったんじゃない」
そう、それはまるで丁寧に下着を脱がされているかのような……。
「……ま、まさかそんなとこまで……! どこを見ているんだ、変態め……!」
「し、知らない知らない! 精神的露出狂かなんかなの!? 見せつけてる気持ちなの!?」
「脱がされてるんだよ! いいから鑑定使うのやめてくれ!」
「わ、わかったから! やめる、やめるから!」
そう言うと、仁美の目の輝きが収まる。
「はあ……。途中でやめたから不安定だけど……。結果を言うわね。
平瀬大地、21歳男性。身長175センチ体重60キロ。陰謀論者であり快楽主義者。スキルなし」
「……大体合ってるな」
「――魔法の習得無し。武術の心得無し。職無し。学問無し。恋愛見込み無し」
「おみくじみたいになってないか? しかも結構悪めの時の」
「あんたが途中で止めたからこうなったのよ、きっと」
「なんでそうなるんだよ。て言うか、誰がこの文章考えてるんだよ。……女神か?」
あの口汚い女神様だ、十分にあり得る。真相はわからないが。
けど、最初の方の情報は正確だった。流石は女神といったところか。
じゃあ、俺の力はどうなるのか。神は怪力と言っていた。
試しに、先ほど仁美が鑑定していた木に向かって殴ることにした。
「さてと……」
「あんたも試すの?」
「ああ、一応な」
そう軽く答えると、俺は腰を落とし、脇を締め、前脚の重心から力を伝えるように、軽く突きを放つ。
「ふん!」
パアアァン!!
と、衝撃波が鳴ると同時に、突風が巻き起こり、あたりの木々を揺らし、葉を舞わせる。
殴った木はというと打撃箇所からポッキリと折れ、その幹は数メートル吹き飛ばされていた。
「これが、神の力……」
「すごいわ……。まさにチートって感じ……」
「これ以上検証のしようもないくらい、圧倒的だな」
「私に向かって使わないでよね、それ」
「人に使ったらどうなるのか気にならないのか?」
「きっと水風船のように破裂するでしょうね」
例えがグロすぎる。
けど、そうとしか表現できないほど圧倒的な力。人智を超えた力。その威力の前に、神に与えられたんだと実感するのだった。
――――――
これからどうしようか。このまま進めば森の中を彷徨うことになる。しかしだからと言って、留まり続けるわけにもいかない。
「仁美、お前はどうする」
「えっ? 私は、どこかの街道に出るまで散策しようかと思っていたけど」
「一人でか?」
「何? 逆にずっとつきまとうつもりだったの? きもいんですけど」
「しかし、一人だと効率が悪いだろ? だから協力しようじゃないか」
「うーん、まあ、それもそうね。落ち着くまでは協力を許してあげるわ」
仲間が一人加わった。
俺たちはその後、西にある街道へと向かっていく。
方角も地理もわかったもんじゃないのだが、仁美の魔眼の力はどちらに向かえばいいか教えてくれるらしい。
「やっぱり便利なもんだな、その力」
「確かに。地面に使ったら、周辺の地理を教えてくれたの。例えばこの森はコモスポート共和国に隣接した森で、魔物が多くすんでいるんですって」
「近くに国があるのか?」
「ええ。どんな国なのかは、現地で鑑定を使わないとわからないようだけど……」
なるほど、多少制約はあるらしい。
しかし、今の俺たちには頼り甲斐のある力だ。
どれだけ歩いても、景色は変わらず蒼々とした木々に囲まれている。
晴れてはいるのだが、生い茂る葉の天幕のお陰で陽の光もまばらで薄暗い。
そうして何時間も歩き続けて、落ち入る光が赤く染まりつつある頃、景色に動きがあった。
「先がひらけているわ!」
草をかき分けると、そこに見えたのは広々とした街道。明らかに木を切り倒しており、車――馬車などを通す為の広さを持っていた。
「この世界に来て、初めて文明に触れたな……。」
やはり人の気配があると安心する。この森の中で危険な獣に遭わなかったことは奇跡に近い。もし街道に辿り着かなかったら、視界の悪い森の中で一泊しなければならなかった。
たとえ誰もいない、ただの暗い道だとしても、そこに人の気配があったとなると少しは安心するものなのだ。
「じゃあ、この街道沿いの何処かに寝床を作るか」
俺には怪力がある。木々を力任せに伐採し、雨風凌げるくらいのものなら作れるだろう。
「えっ!? 嫌よ。こ、このまま歩き続けた方がいいんじゃない?」
「俺の怪力があれば木はすぐに調達できるが」
「そ、そういう問題じゃないでしょ! はあ、その怪力で松明でも作ってて」
仁美とは意見が合わなが、やっぱり寝たい。俺は眠いのだ。そう思い、大きな欠伸をする。
「ふわぁ……」
……仕方ない、此処は仁美に従うとするか。知らない森で寝ることが危険なことは承知しているし。
そう、決意したその時、遠くから何やら悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああ!!!!」
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