17.ノノリカの師匠
ダイチが「巨大な怪物を倒してくる」などと阿呆を言いながら海へ向かう頃、私はこの街での就職先を考えていた。
「う~ん、商会ギルドに登録したはいいものの、この世界ではどうやって就活するのかしらね……」
『ヒトミ』と書かれた商会ギルドカードを見ながら、ルミマール家の屋敷の庭園のベンチに座り考え込む。
「『鑑定』が使えることは秘密にしておきたいし……でも、絶対使えたほうが有利なのよね……というより、使えないとこの世界の常識が分かんないというか、能力不足な気もするし……」
「あら、何か考えごとですか?」
現れたのはこの屋敷の主人の娘……ファスタ。オレンジのウェーブ髪を伸ばしたお嬢様然とした少女……実際、お嬢様なのだけど。
「うん、商会ギルドに登録したはいいものの、どこで働こうかと悩んでいたの」
「えっ!? ルミマール商会で働くのではないのですか!?」
ファスタはそう瞳を大きく見開く。
「まさか、よそで働こうとしていたのですか!?」
体を乗り出し顔を近づけるファスタ。珍しく取り乱している。
……どうやら、もうすでに内定が出ていたらしい。
「わ、私、てっきりもう決まっているものだと……一緒に働けるとぬか喜びしてしまいましたわ……」
たしかに、ルミマール商会で働けたらすごく都合がいい。鑑定が使えるのも、異世界から来たこともファスタは知っているし。
「え、ええっと、それじゃあ、お願いしても」
「嬉しいですわ! では、まずはお仕事のための道具をそろえませんと!」
ファスタは私の手を取って私を立ち上がらせる。
「えっ、今から?」
「当然ですわ! 『善は急げ!』ですもの! ヒトミさんには商会にふさわしい装備が必要ですわ!」
すごくありがたいけれど、なんだかすごく楽しそう……仕事の話をしているとは思えないくらいに。
「せっかくですし、街も案内しいたしますわ! まだコモスポートに来て間もないでしょう?」
「た、確かに、まだ商会ギルドくらいしか行っていないけれど……」
「では、決まりですわね、これからミトを呼んで……せっかくですし、ノノリカさんもお誘いしましょう!」
「えっノノリカも?」
ミトはファスタの付き人……護衛だから理解できるんだけど、ノノリカまで……。
「一緒にショッピングをしましょう!」
「し、仕事道具を買いに行くのよね!?」
――――――
ノノリカの住む家は決して大きい家ではなくこじんまりとしているが、2階建ての一軒家で、街の中心に位置している。
「ノノリカも、結構いいとこに住んでるのね……もしかして、お嬢様なの?」
「ノノリカは研究のため教授の家に居候しているのだ」
答えるのはミト。街を歩くため私服だが、腰には剣を差している。
「そうなんだ。子弟が一緒に住むような感じ? もしかして、この国では一般的だったりするの?」
「師弟関係がないわけではないが、一般的ではないな。ノノリカも、ああ見えてコモスポート魔法学校を首席で卒業した天才なのだ」
ミトはそう言いながら、インターホン……呼び出し用魔道具を使う。
魔道具は高級品とは言わずとも価値のあるものだから普通は家の外に置かないらしいんだけど、魔法学校教授の家は、地球でいう『ハイテク』みたいな感じなのだろうか。
そんなことを考えていると、扉の向こうから足音がして、扉が開く。
「あらあら、ファスタちゃんにミトちゃん……それに……」
姿を現したのはノノリカじゃなく、理知的な眼鏡をかけた長身の美女。キャラメル色のふわふわとした髪に大きなとんがり棒をかぶっている。そして、ローブを羽織っていてもわかるほど胸が「デカい……」
「あら、どうかしたのかしら?」
「い、いえ……私は、ヒトミって言います……」
……声に出てたかもしれない。
「ノノリカの、お師匠? さんですよね?」
「ふふ、ええ、ソフルっていうの。一応、魔法学校の学長やっているのよ」
「が、学長……!?」
「まあ、そんなに驚かなくても。愛に肩書きは関係ありませんよ」
ソフルは柔らかい笑みを浮かべながらやさしく包むように私と握手を交わす。
けど、私にはちょっと無視出来ない言葉が聞こえた。
「えっ、愛?」
「ええ、愛です。愛によって生まれた意志こそが、この世界に魔法をもたらすのですよ」
「ええ、えっと……」
私が困惑していると、家の奥からドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえる。
「そ、ソフル師匠……! はあ、はあ……こん、わく……して、ます……!」
階段を駆け下りただけで息の切れたノノリカが、ぜえぜえしながら止めてくれる。正直助かった……何を言っているかよくわかんなかったから。
「あら、ノノ。もう第18群宇宙魔力背景放射の分析は終わったの?」
「えっと……それは、まだ、ですけど……せっかく、来てくれたから……」
「……そうね、ふふ、お茶を用意しようかしら」
ソフルさんはそういうと家の奥に入っていこうとする……それを、ファスタが止める。
「そ、ソフルさん! お構いなく! 私たちはノノリカさんをお出かけにお誘いしたいだけですの!」
「あらあら……そうだったの」
ソフルは目をぱちりとさせて、私たちを見渡す。
「じゃあノノ、ちゃんと靴を履いて、帽子も忘れないようにしなさいね。あと、財布とハンカチも。あと、水分補給も――」
「わ、わかったから、師匠……!」
ノノリカはローブを羽織り、帽子を引っ張り出し、靴を履く。ローブと帽子は何でも魔術系の魔法使いの正装らしい。洒落っ気はないけれど。
「ファスタちゃん、ミトちゃん、それに、ヒトミちゃん、ノノをよろしくね」
ノノリカは恥ずかしそうに「もういいから……」とソフルに言っている。
「はい、任せて下さい!」
とミト。
同じくファスタも私も続いて挨拶をする。
そうしてショッピングに出かけることになった。
……ていうか、私の仕事道具を買うのが目的って話したっけ?
ソフル:ノノリカの師匠。そしてこの国の最高学府コモスポート魔法学校の学長(この国の魔法関係で一番偉い)




