16.海賊と呼ばれてない男
コモスポートの港は広い。数ヶ月前まで漁船、貨物船、旅客船、果ては海賊船に至るまで、さまざまな船が停泊していた――
「しかしまあ今は厄介な奴が海にいるせいで、船を出すことなんて出来なくてなぁ。だから朝一番だってのに、人っこ一人いやしねえ」
「なるほどな」
バルモッカはそう言いながら、俺と桟橋の上を歩く。
冒険者ギルドで出会った翌日、さっそく俺たちは巨大な怪物――リヴァイアサンを討伐しに来た。
今でもなおバルモッカがなぜ俺と組んでくれたかわからない……案外、こういうのは理由がなかったりするんだろうな。特級冒険者って言ってたし、失敗しても死なない自信はあるんだろう。
「なあ、バルモッカ。そう言えば、協力者がいるって聞いたが」
「ああ、俺たちは船を持ってないしな。だから俺の知り合いの人を呼んだ」
「そいつも、強いのか?」
「いや、そいつは強くねえから、案内が終わったら帰ってもらうぜ……噂をすれば」
そこにいたのは、バンダナを頭に巻いた青年。腰にはサーベルを刺している。
「オッス! オラの名はパチモンピー・D・ルピー、海賊や! ルピーって呼んでくれてええよ! よろしくやで〜!」
「……よ、よろしく」
俺が恐る恐る手を差し伸べると、そいつは握り返してブンブン腕を振る。
俺が困惑していると、バルモッカが耳打ちする。
「……こいつは海賊を名乗っているが、犯罪自慢が「初等学校に酒を持ち込んだ」とか「炊き出しの配給に3回並んだ」とか、そういうのばっかだから」
「あ、ああ……。とりあえず、大犯罪者とかじゃないのか……なんか、もっと他に大きな問題がある気もするが……」
俺が不安がっていると、それをルピーが気に掛けた。
「大丈夫か? はいこれあげるわ! ホントはオラの朝メシなんやけど、うめえもん食ったら治るやろ!」
「えっと、これは……?」
「食べたら口がパチパチする果物、パチパチの実や!」
やっぱこいつダメだ、色んな意味で!
――――――
ルピーが持つ船は……船というより、ボートである。
「この船はオラが頑張ってバイトして買ったんや。絶対汚さんでな」
「あ、ああ」
そう警告され、慎重に俺とバルモッカが船に乗り込む。
すると間も無く、船が動き出す。魔導式、つまり魔道具だ。
魔道具にはあらかじめ魔術式が書いてあって、魔力を流すだけで動いてくれるらしい。……魔力じゃなくて、正式には意志力だっけか。ま、使わん技術の話は覚えてられない。
そうして、俺たちは世間話をしながら海の上を行く。
「……そう言えば、バルモッカとルピーはどういう知り合いなんだ?」
「ああ、俺が釣りをしてたら、ルピーが船を出しててな。こんなご時世、船を出してる奴なんていねえから、乗せてもらおうと頼み込んだわけよ」
「船を出すと危ないんじゃないのか? それとも、近海なら怪物も襲ってこないとか……」
「いや、めちゃくちゃ危ないよ。ルピーは命知らずだからな」
「えへ、それほどでも〜」
多分褒めてないだろ。
「奴が前現れたのは大体ここら辺の海域や。まあ、すまんけどオラは戦い苦手やから、敵が現れたらこの『魔導サーフボード』で退散するで」
「ああ、頼んだよ。俺は、敵が出るまで釣りでもしてよっかねえ」
そういうと、バルモッカは釣竿を取り出し水面に垂らす。
ずいぶん余裕だな。
そんな風に思っていると、バルモッカが俺の顔を見る。
「ああ、そうだ。ダイチ、お前には『勝算』があるんだよな? 聞かせてくれねえか?」
「ああ、その話か……。単純だ、俺が殴るだけだ」
「はあ? そんなんで……」
まあ、口だけじゃわからないだろう、そんな気がしてた。
「実演する。話はそれからだ」
俺はそういうと、立ち上がり、海の方へと拳を振るう。
――ドン!
空気が圧縮され、その一撃で割れるような音とともに海に穴をあける。
壁のように舞い上がる水しぶきが、太陽に照らされ虹がかかる。
数秒立って渦を巻きながら割れた海が戻っていく。
「……なんじゃい、それ。そりゃあ、自信もって『勝算がある』だなんていえるわな……」
バルモッカは目を見開いて言った。
「ああ、そうだ、俺はこの力で敵――リヴァイアサンを殴り飛ばす」
「……気に入ったぜ、ダイチ。シンプルだけど、一番強い」
「なんや、ようわからんけど、期待してるで!」
釣り糸を巻きながら、バルモッカはニヤリと笑う。
俺たちの目にも、期待の色が浮かぶ。
その時――突如、海面から巨大な黒い影が見える。
「……今ので、刺激しちまったか?」
バルモッカがそう分析する。
その巨大な影が近づくたび、あの影の大きさが鮮明になる。
……デカい、デカすぎる。全長は100mもありそうな蛇のような影。
嫌でもわかる、多分、あれが俺たちが狙う怪物――リヴァイアサン。
「……来る」
誰ともなく――もしくは全員が、そう言った。それを皮切りに、水面が大きくうねる。
バルモッカは釣竿を船において、ルピーはすでにサーフボードを構えていた。
「なあ、オラ、もう帰ってええやろ!」
「今は危ない、奴が波を起こす!」
バルモッカがそう忠告した直後、その巨体は姿をあらわにした。
現れたのは、龍の顔に蛇のようなうねる身体に、クジラのような腹を見せながら鋭い瞳孔で俺たちを睨みつける『怪物』。
濡れた鱗に当たる陽光が、キラキラと銀色に乱反射する。思わず見とれるほど神秘的――だというのに、気圧されるほどの威圧感。
「……オラは逃げるからな! ほな、また!」
そう言って、ルピーはリヴァイアサンが起こした波に乗る。
それを見るリヴァイアサンは口を開き――「危ない! 海面上昇ビームだ! よけろ――」
バルモッカがそう叫ぶと、リヴァイアサンの口から水の線――ビームが射出。
爆音とともに水面を揺らす。その威力は、ダイチが軽く振るった拳の威力にも劣らない。
ルピーは咄嗟に軌道を変え、吹き飛ばされつつも、また新たに生まれた波に乗る。
「おい、オラ死ぬとこだったぞ! てかなんや海面上昇ビームって! 名前ダサすぎやろ!」
俺たちに向かってそう叫びながら退散していく。
「オラはやっぱ帰るからな! ビームはもうたくさんや!」
文句の声が遠くなっていく。
あれが、リヴァイアサンの攻撃。当たったら、死ぬかもしれない。
……いや、そんなことは関係ない。
俺は、こいつを倒して海に出る。そして、俺にはそれを倒せるだけの能力がある。
ならば、やるしかない。
「バルモッカ。俺は船から飛んであいつを一発殴る。船を守れるか?」
「……ああ、適当に防御魔術を船に付与しとくから、壊れることはないさ。いってみなよ。失敗しても、俺が船で拾ってやるからさ」
「特級冒険者は頼りになるな……じゃあ、いくぞ」
俺は腰を落としてから、船体を後ろに蹴り上げ、リヴァイアサンに向かって跳躍する。蹴られた船は後ろへと吹き飛ばされるが、バルモッカが制御してくれると祈る。
そうして直接リヴァイアサンそ頭部に近づく――奴と、目が合う。この様子を見てたであろう、リヴァイアサンが対策していないはずもなく、口を開き、再度「海面上昇ピーム」を放とうとする。
「まずい!」
空中、ルピーの時と違って、簡単に軌道修正できない!
そう思った瞬間、俺の服の襟に釣り針がかかる。
釣り糸の繰り手はバルモッカ。
「うおりゃ!」
バルモッカは空中を飛ぶ俺に対し、釣り竿を振り、引っ掛け、軌道を変える。……なんて精度、なんて力だ、流石は特級冒険者。
釣り糸に張られ、動きが止まる――その瞬間、海面上昇ビームが鼻を掠める。間一髪。
釣り針によって止まってしまった体は自由落下していく……が、ここで終わるわけにはいかない。
俺は、海を蹴る。
大きな波が生まれ、それと同時に……船を蹴った時程じゃなくとも、俺の体はもう一度宙に浮く――跳べる。
これまでの戦いでわかる。リヴァイアサンは、ビームを連発できない。今打っていないのがその証左だ。
視界は奴の顔に近づいていき、そして顔に手が届く――そう確信した瞬間に、うねりをつけて殴りつける。
海を割った時の、何倍も力を込めた。耳を突き刺す轟音、それとともに弾けるリヴァイアサンの肉塊。
――勝った。
俺が落ちる先にはバルモッカが船を操り待機していた。
俺は彼に回収され、倒した敵の行方を見る。
奴の首から上は完全に弾け飛んでいた――辺りは血で赤く染まる。
だというのに、怪物……リヴァイアサンは、なお動き続けている。
ちぎれた首元がボコボコと盛り上がり……「再生してる」
バルモッカが呟いた。
「リヴァイアサン……以前の討伐作戦では傷すらつけられなかった。だから、奴に再生能力があるだなんて、知らなかったぜ……」
そうしてまもなく、先程と同じような顔で、いや、もっと強い視線で、俺たちを睨む。
「ダイチ、逃げるぞ。お前の火力は確かに凄い。だが、俺たちには準備が足りない。奴を仕留めるには、あの再生を止めなきゃいけない」
「……ああ、わかった」
悔しいが、仕方ない。
リヴァイアサンは恐ろしい怪物だが、それでも水棲、陸に行けば追っては来ない。
俺たちは奴らに背を向ける――それを見逃さないのが、リヴァイアサン。
またも口を開き、海面上昇ビームを放つ。
船は急旋回する……直撃はしない。しかし、ビームが起こした衝撃波が、船を吹き飛ばす。
「つかまれい!」
と、バルモッカは叫ぶも――俺の手は船を捉えることが出来ず。
俺は船から放り出される。宙に浮いた俺に、壁もような波が迫る。
バルモッカの乗る船は体勢を立て直し、俺を拾おうと進むも、なんせ距離が離れている。
――ダメだ、水の中に入ったら、終わりだ。
入水すれば、奴の領域だ。それだけはなんとしても避けなければ。
どうしよう……いや、俺にはまだ、出来ることがある。俺には脚がある。
「うおおおおお!!」
俺は獣のように叫び、気合を入れる。
着水の瞬間――右脚で水面を蹴る。そして左脚を出して……交互に、繰り返す。
そうだ、俺に人智を超えた怪力があるのなら、水の上を走る事など造作もない!
「おいおい、マジかよ……」
バルモッカは驚嘆の声を漏らす。
俺は一目散に走る。水を蹴って、かぶる飛沫を気にせず。船に戻ろうなどとは考えなかった。このまま走って逃げた方が、早く陸に着くと思った。
リヴァイアサンは逃さぬと尾を振り波を起こす。
のた打ち荒れ狂う波に追いつかれないように、ひたすら走った。
パチモンピー・D・ルピー:小物の海賊、海と果物が大好き。




