12.招待
ルミマール家の屋敷はそれはもう見事なものだ。庭園に囲まれるのは美しく装飾された、それでいて調和が取れている大きな建物である。
「それじゃあ、依頼達成ってことよね? ここで解散かしら。」
「そんな、寂しいですわ! 今日はもう遅いでしょう、ぜひ私の家に泊まっていってくださいまし!」
「うーん、そうは言っても、家の方に迷惑じゃ……」
とヒトミは言うが実際これから宿を探すとなると、かなり面倒くさい。ヒトミもわかっているはずだ。この遠慮は日本人特有のものだろう。
「俺は泊まらせてもらうが」
この世界にその文化があるかもわからないので、遠慮なく招待を受ける事にする。
「い、いいのかな……」
とヒトミはぶつぶつといい続けていた。
門をたたくと出迎えたのは使用人。
「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様は首を長くして待っていらっしゃいました。そちらの方は?」
使用人は怪しい服を着た俺達を見て少し驚きつつも、そのしぐさをすぐに隠し質問する。
「この方達は私を助けてくださいましたの!」
ファスタは俺達との出会いと、訪問した村で盗賊を追い払った事を説明する。
「なんと、そんな事が……。今すぐ旦那様に報告いたしょう!」
そういえば、盗賊に村が乗っ取られてたって、めちゃくちゃ大問題だよなぁ、とか考えながら慌ただしく動き始める屋敷の人たちを眺める。
異世界だからと、非日常的な事が起きてもそんなもんかと思ってしまった。
そんな事を考えていると、奥から人影が近づく。
「ファスタ! やっと帰ってきたか!」
現れたのは白髪の壮年男性。
威厳のある立ち振る舞いに、キリッとした目元は知性が表れている。
言われなくてもわかる。この男こそがファスタの父であり、ルミマール商会の商会長。
「ファスタ、どれだけ心配したか……」
彼はファスタの顔を見るなり、顔を緩ませる。
「申し訳ありません、お父様。でも無事に帰ってきましたの。このお二人が、助けてくださったのです!」
「ミト、お前だけでは足りなかったのか?」
「申し訳ありません。魔物なら私でも対処できますが、村一つを乗っ取るほどの盗賊団を相手には取れません」
「ふむ……」
彼は俺たちに目を向ける。
「なるほど……君たちが娘を助けてくれた恩人というわけだな。私はアウルス・ルミマール。ファスタの父だ」
そう言って彼は手を差し出す。
「ダイチです。まあ、流れというか、偶然そうなっただけで……」
「ヒトミです。私は特に何かしたわけではないんですが……」
俺とヒトミが順に名乗ると、順に手を握り返す。
「謙遜するな。ファスタが認めているということは、きっとそういうことなのだろう。あの子は少しあぶなかっしいところがあるが素直なんだ」
威厳を保ったまま、しかしどこか包み込むような優しさをもった言葉だ。
「ところで、今日はもう遅いだろう。部屋の準備はできているから、泊まっていくといい。」
「えっと、ファスタにも言われたんですが、迷惑なんじゃ……」
「なに、気にするでない。食事もすぐに用意させよう」
アウルスはそういって笑顔を浮かべた。張り詰めた空気が弛緩したように感じる。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」
「う、うん……せっかくだし……」
こうして俺達は屋敷に泊まることになった。
――――――
夕食を終え、俺は夜風に当たっていた。この屋敷には正面に大きな庭園があり、そこを散歩させてもらっている。
月明かりを頼りに歩く。そして月に照らされた花をめでるようにふるまう。
「美しいな……」
なんて言ってみるが、暗くてどんな色の花かわからないし、花の名は知らない。聞いてもわからん、教養ないし。
てか暗すぎる。人工の電気灯が出す、過剰に眩しい光が恋しい。
美しい感想に更けていると、屋敷から声が聞こえる。
「――!」
気になって近づいてみる。アウルスの声だ。
相手は……ファスタだ。
父と娘の会話……積もる話もあるだろう、とも思ったが、聞こえてくる声色の様子は穏やかではない。
ファスタが叱責を受けているようだ。
「――だろう!! だから――――!」
「はい――――です」
よく聞こえないが、父として何か言わなければならないことがあったのだろうか。
プライベートなことだ。あんまり聞くのも良くない……そう思った途端、盗み聞いているのが恥ずかしくなってきたな。
体が熱い、また散歩でもして、花をめでようか。
「ああ、やっぱり花は美しいな……」
相変わらずなんて花なのかさっぱりだが、そう言ってみたりする。
しばらくそんな事をして時間を潰す。
「この花も美しいな……」
「……その花はフリージアですわ。春に咲く花なんですの」
と、声が聞こえる。
「ファスタか」
父との会話は終わったようだ。
「ええ、ダイチさんは花が好きなのですね」
「いや、俺はさっぱりで……」
「月明かりで紫の花弁が照らされて、美しいですわよね」
……紫だったのか。
「紫のフリージア、花言葉は憧れ。まさに、私にピッタリですの」
「へえ、ファスタは何に憧れているんだ?」
「それはもちろん、お父様ですわ! 私はお父様のような立派な商人になりたいのです!」
「そうか」
ファスタは満面の笑みでそう宣言するも、すぐさま影を落とす。
「……先程、お父様に言われました。ダメだ、お前には向いていない、危険すぎる、と……」
「じゃあさっきの家の中の声は……」
「やっぱり聞こえていたんですのね。まあすぐそこの部屋ですし」
盗み聞きしたの、バレてたのか。
「お父様が反対するのも無理はありません。今回の遠征も、あなた方がいてくれたからどうにかなっただけです。お父様は、私に身を固めて安全に暮らして欲しいと思っているんですの」
日本の商人とは訳が違う。街の外に出る仕事なんて、それだけで危険だ。
けど、納得いかない。ファスタはそんな顔している。
「それで、ファスタはどうしたいんだ?」
「……ダイチ様は、運命をどう思っていますか?」
いきなり何を。
「突然すみません。ですが、私にとっては重要なことなんです」
「……俺にとって俺の運命とは、俺のやりたいことだ。偶然じゃない、俺がやるから運命なんだ」
「ふふ、面白いお方。私と似ているようで、全然違いますの」
人生は運命によって決まっている……なんて、面白くないだろう。俺は俺のやりたいようにするんだ。
「私にとって運命は、後から決まるものなのです。運命の出会いがあっても、その時にはわからないもの。その出会いがもたらした数々が、『運命』だったと決めるのです」
「へえ。運命の瞬間その時には、運命とはわからないと」
「ええ。……しかしだからこそ、私は毎日その瞬間を、運命になって欲しいと願っているのですわ。……此度の出会いも、そして今、私が父のようになりたいと思っていることも、運命だったと言えるようにしたいのです」
そうファスタは空を見ながら言う。
「ファスタ、お前は面倒くさいな」
「えっ!? な、なんですの? びっくりしてしまいましたわ!」
言葉通り、驚いた顔で俺に振り向く。
「ファスタ、お前はただ『反対されても、商人になりたい!』と、いえばいいだけなのに! 変な理屈捏ねやがって!」
「そ、そんなのわがままじゃ」
「言いたいことは同じなんだろうが! 遠回しに言わず、はっきりいえばいい!」
「え、ええ……?」
ファスタは目を回して困惑する。
「お父様に怒られたばかりなのに、こんな事……」
「うるさい! 言え!」
「ああ、うう……わ、私は、お父様のような、商人になりたいです……!」
「なりたいじゃない! なるんだろう!」
「な、なります!」
「よく言った!」
「はあ、はあ、スパルタすぎませんこと……?」
やっと頭の処理が追いついたファスタは睨むように俺を見る。いつも快活で優しい目をしているから、ちょっと怖気付くな。
「……けど、すっきりしました。……ありがとうですの!」
「……それは良かった」
怒られるかと思った。
「さて、そろそろ夜も更けて来る頃合いですわね。屋敷に戻りましょうか」
「ああ」
そうして俺たちは共に屋敷に入る。
廊下を歩いていると、ばったりヒトミにあった。
「あれ、あんたたち何してるの?」
「そんなことよりヒトミ、聞きたいことがある」
「え、何よ急に」
「運命って、なんだと思うか?」
「それは……人の意思を超えた巡り合わせの事、かしらね。上手く表現できたかわからないけど」
「ああ、普通はそうだよな」
「ええ、そうですわね……」
俺とファスタは目を合わせ頷く。そしてヒトミを横切り先に進む。
「え、なんなのよこれ。私、馬鹿にされてる?」
ヒトミの声は誰にも届かない、それがヒトミの言う『運命』――
アウルス・ルミマール:ファスタの父、ルミマール商会の会長。妻は訳あっていない。




