1.地球は平面
ガガーリンは嘘をついた。俺たちがよく知るあの「青い地球」の写真はすべてCGだ。フォトショで加工された航空写真を信じる球体論者は、世界の真実を知らない――
「そう、この世界は平面である……!」
「……何をおっしゃっているんですか?」
今は春、出逢いの季節。
俺こと平世大地は世界の真実を広めるために、ある大学構内で布教活動を行っていた。
「いいか! 日本の教育機関で真実は教えてくれな――」
「あ、いいです。興味ないです」
……かわいそうに。まだあの人たちは真実を知らないのだ。
しかし、こんなことでめげない。より一層力を入れて布教するまで。
「ああっ! そこの君! 君は間違った科学を教えられていないか?」
通りかかったのは、学生の女の子。俺よりも年下……新入生だろうか。
「えっ? あっ、授業とかの話ですか?」
彼女はお人よしだったようで返事をしてくれた。こういう人を逃してはいけない。
「ああ、そうとも。君は学校教育の嘘に犯されている」
というと、彼女は嫌な気配を感じ取った。
「えっと、先を急いでるので……」
露骨な愛想笑いで凌ごうとする。
ここで引いてはいけない。もう一押しだ。
「科学者を騙る者たちによって作られた嘘を信じ込む人の多さよ! この世界は球体論者の嘘と欺瞞で満ち満ちている! そうさ、この世界は平面である!」
キマった……! やはり、通りかかる人の前で急に演説をするのは気持ちがいい……!
「くうぅ……! っぱこの高揚感……!」
俺が一人身勝手に気持ちよがっていると、
「本物の地球平面論者だ、もしかして噂の……」
と、意外にも好感触だ。なんなら俺は噂になっているらしい。賛美されているのだろうか。
「興味があるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「興味があるなら、是非お茶にでもいこう。俺は平世大地。君は?」
誘うと、女の子は逡巡する。
(名前!? ここは偽名を言わなきゃダメよね? ていうか、そもそもついて行くの? いや、怖いもの見たさで興味はあるけど……)
「ああ、ええっと、私は、た、只野仁美です……」
「そうか! 仁美か! それじゃあ仁美! これから世界の真実について語り合おうじゃないか!」
そう言って、仁美の腕を強引に引き、外に出る。
「ちょ、待って下さい! あの、腕痛いです! セクハラですか、ねぇ、私嫌がってるんですけど! 聞いてます?」
……そうだ、俺たちは陰謀に気付いている。だから、こうして仲間を増やしていく。今はまだ信じてくれる人は少ないけど、いずれ、みんなわかってくれる。そう、未来は明るい――
「暴走トラックがそっちに行ったぞ!!」
「え?」
俺と仁美は同時に振り返る。すると、こちらに向かってくる猛スピードのトラックが突っ込んできて――
俺の意識はここで途絶えた。
――――――
「平世大地は死んでしまいました」
目の前にいるのはこれまで見たことのない神々しい絶世の美女。いや、確実に美女ではあるんだけど、なんかぼやけているというか、曖昧というか……。
今いる場所も不思議だ。まるで銀河の中にいるようだ。
「私は世界を管理する女神」
……それを信じるに値する証拠がある。俺には死の記憶がある。そう、トラックに轢かれ……。思い出すのはやめよう。痛々しい。
「女神か……。じゃあ、貴方がこの世界を作ったのか?」
「ええ、そうですよ」
「ああ、そうか、そうか……! そう、だよな!」
「どうかなさいましたか?」
ここは死後の世界。そして目の前にいるのは世界創造の女神。なんと、話に聞く通りだ……!
「ふふふ……。僕たちの居た世界、生命、法則、その全ては大いなる知性によって設計されていた! インテリジェントデザイン論は間違っていなかった……!」
インテリジェントデザイン論とは大いなる知性を持つ上位存在がこの世界を作ったという仮説。つまり陰謀論。
そして俺は、その仮説が正しい事を知った! その感動に手が震えている。
「ううっ……。なんてことだ……! 誰もが馬鹿にしたが、俺は正しかった……!」
「え、ええ……。なんですかそれ? 普通ここにきた人は自分の体のこととか、この空間のこととか疑問に思うんですよ。ていうか泣いてます? 大丈夫です?」
「そんなのはどうでもいいっ! 俺は今、世界の真実に辿り着いたのだ!」
「どうでも良くないですよね普通! なんか怖いです!」
感動に打ちひしがれていると、女神様が荒ぶられた。
「こ、こほん。話を戻します。貴方は死んでしまいました。私がそうしました。貴方の魂は、本来この世界のものではありませんでした。なので元の世界に帰すため、やむを得ず死んでもらったのです」
「つまり、別の世界に転生するってことか? 俺は元居た世界を『救済』しなきゃいけないんだが……」
「しかし死んでしまったのですからもう遅いです。これまでの行い、残した数々のものが、貴方の意志を継いでくれるはずです」
「そうか。まあ女神がそう言うのなら信じよう。それで、これからどうなるんだ?」
「話が早いですね。……こほん。これから貴方が向かう世界は剣と魔法のファンタジーの世界。元いた世界の肉体のまま、貴方は私の授けたチートで無双します」
魔法、ファンタジー、チート、無双。そんなものはどうでもいい。
「その世界には、人は住んでいるんだな?」
「え、ええ」
「……ならば、俺の生き方は決まっている。人がいて、文明がある限り、支配と陰謀があるはずである」
「そ、それがどうしたというのですか?」
女神様は、純粋に疑問に思ったか、それとも困惑したか、俺に問う。
俺は、胸を張って答える。
「そうした悪しき陰謀を晒し、討ち破らなければならない!」
「……え、ええ、貴方は異世界では自由です。例えそれがどんなに愚かな事だとしても、貴方の思うままに人生を謳歌して下さい。そのためにトラックで貴方だけを轢いたのですから」
「俺の事を愚かって言ったか?」
「いいえ? なんのことだか」
結構口が悪いな、この女神様。
しかし、先ほどの女神様の言葉になんだか違和感を覚える。
「そういえば、俺だけを殺したって?」
「ええ」
「……俺の話を聞いてくれた女の子は生きているのか?」
そう、あの事故の様子で生き延びているとは到底とてもおもえない。
「……っ!! ななななな、あの場所には貴方しかいないはずです!!」
女神様はおもむろに慌てふためく。冷や汗がみえる気がする。
「ああっえっとえっと、その、確認しました! 死ぬはずのない魂が1つ! 女性のものです!」
絶対それじゃん。
「いいですか、大地さん、今からその子をここに呼び出します。貴方は大人しくしていてくださいね。絶っ対ややこしくなるので」
――――――
「……それで、私が死んだって事ですか?」
「ええ、すみません。貴方は巻き込まれてしまったわけです」
そう言って、女の子……只野仁美は少し考え込み、そして激昂した。
「いや、おかしいでしょ!! なんで私が巻き込まれなきゃならないのよ!! しかも、こんな怪しい奴に……!!」
「怪しい奴って、俺のことか?」
「他に誰がいんのよ!!」
彼女は怒り心頭であった。
「只野仁美だったか。失礼な奴だな、俺は多分年上だぞ」
「先輩以前にあんたは怪しい勧誘の人なのよ!」
「すみません、私の資料によりますと、貴方は只野仁美という名ではないはずなのですが……?」
「怪しい人に本名言うわけないじゃん!!」
なんだ、偽名だったのか。まさかそこまで警戒されていたとは。
「はあ、はあ、すみません、女神様……。勢いでツッコんでしまいました……」
「いえいえ、なんてことはないですよ。私にとっては羽虫の羽音と同然ですので」
「言い方酷くない……?」
話を整理すると、只野仁美(偽名)は元々死ぬ予定ではなかったが、女神様の不手際で俺の死に巻き込まれてしまったらしい。
もう死んでしまったので元の世界で生き返ることはできないらしく、俺と一緒に、異世界に行くほかないらしい。
「本当にあり得ない……。今日は人生最悪の日よ……」
「もう死んでるだろうが」
「うるさい、あんたは黙ってて」
俺が仁美と楽しくおしゃべりしていると、女神様の準備が出来たようだ。
「転生の準備が出来ましたよ。さあ、こちらに」
と、手を魔法陣のようなものに差し向ける。
この魔法陣に乗れと言うのか。
「女神様、やっぱり生き返る……なんてことは出来ないんですか?」
「それは難しいですね。日本のあなた達の体はもう既にぐっちゃぐちゃです」
「そうですか……」
仁美は一抹の希望を胸に女神様に質問するも、あっさりといなされてしまった。
「おい、仁美。とにかく行くぞ。俺は今、新しい世界にこれまでにないほど高揚している」
「わかった、わかったから……」
そうして魔法陣の上に乗る。
光に包まれて、身体が持ち上げられていく。
「うう、なんだか生ぬるい……」
「ふふ、それは神秘の暖かさですよ」
「冷めた湯船に浮いてるみたいでなんか嫌……」
俺たちは異世界へと向かう。
「それではお二方、行ってらっしゃいませ。無事を祈っています」
神様って何に祈るんだろう……とか思っていると、光に包まれて意識が遠のいていく。
女神の声が遠のき、視界が暗くなっていく。
……思っていたのも束の間。
まだ、”同じ場所にいる”。けど、女神の姿はない。俺だけだ。
それなのに、気配だけがある。生き物じゃない、女神でもない。でも、概念というか、明らかな異質な気配。
わかる。こいつは『意志』を持っている。
「……誰だ?」
声じゃない。意識で問う。そして、返事は来た。
『お前は俺が選んだ』
これもまた、声じゃない。文章ですらない。俺が、本能で理解した言葉。
意志だ。俺の中にある意志に反応している。
そして、体の中に意志が入り込む。 俺じゃない、けど、俺と同じように熱く、重く、固い意志――
「結局、選ばれたんだ」
不意に少年のような『声』が聞こえる。振りむこうとしたが、動かない。
「まあ、いいか。君も、ここに来ることはわかってたし」
何者なんだ、こいつは。そう問いかけようとした――が、その時にはもう気配が消えている。
そして、今度こそ意識が消える……。
そして、次の瞬間、俺は森にいた。
平世大地:主人公、陰謀論者
只野仁美(偽名):ただの人、巻き込まれた女子大学生
本日は4話投稿してます!