【9話】破格の雇用条件
「今日はフェイの指示で君を迎えにきたんだ。あいつ、最初は自分が行くつもりだったんだ。でも、どうも忙しいらしくてさ。代わりに俺が指名されたんだよ。フェイじゃなくてごめんな」
「いえいえ! ……あの、リューン様はフェイムス様とずいぶん仲が良いのですね!」
「フェイは幼なじみなんだ。ガキの頃からよく一緒に遊んでたんだけどさ――」
リューンはフェイムスとの思い出話を、楽しそうに語り出した。
聞いているリーシャが飽きないようにか、リューンはなんとも面白おかしく話してくれた。
話を聞いているリーシャは、ずっと笑顔。
リューンのおかげで、王都への長い道のりもまったく退屈ではなかった。
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リーシャとリューンを乗せた馬車が、王都レポルトにある王宮へと到着した。
馬車から降りた二人は、フェイムスの部屋へと向かう。
部屋に入ってきた二人を見るなり、執務机で書類仕事をしていたフェイムスが立ち上がった。
向かい合っている横長のソファーのところまで足を進める。
「よく来てくれたなリーシャ。かけてくれ」
「失礼します」
促されるまま、リーシャはソファーへ腰を下ろした。
フィエムスとリューンは、その対面に横並びになって座る。
「まずは改めてお礼を言わせてくれ。リーシャ。話を受けてくれて感謝する」
「俺からも言わせてもらうよ。ありがとう」
フェイムスとリューンが同時に深く頭を下げる。
さすが長年の付き合いというべきか、息はピッタリ合っていた。
「それでさっそくだが、君にやってもらう仕事の説明をしたい。いいだろうか?」
「お願いします」
「前に言った通り、君には緑ポーションの精製をしてもらう。作業部屋を用意してあるから、好きに使ってくれていい。それと、君の仕事の管理はリューンが担当する」
「よろしくね。要望とか気になったことがあれば、遠慮なく言ってくれていいから」
「はい! ありがとうございます!」
(リューンさんが私の仕事の管理者……良かったわ)
リューンは気さくで明るく、とても話しやすい人だ。
ベムープからここまでの道中で、彼の人となりを知ることができた。
困ったことがあれば、きっとリューンは快く相談に乗ってくれるはず。
上がそういう人だと仕事がやりやすい。
(ローデス王国のときの管理者は最悪だったもの……)
無茶な仕事量を押し付けるだけ押し付けてきて、達成できなければ罵倒の嵐。
仕事量に対して意見を言おうとしても、言い訳するな! 、と突っぱねてくるだけ。まったく話を聞いてくれなかった。
「次はノルマの話だ。……」
ここでフェイムスは、意味深に一呼吸おいた。
言い出しづらそうな顔をしている。
(もしかして、とんでもない量のノルマなのかしら……)
フェイムスが口を開くのを緊張しながら待つ、と。
「一週間で千――それがノルマだ」
「――!?」
リーシャは大いに驚く。
フェイムスの口にした”千”という数があまりにも…………あまりにも少なかったから。
「驚かせてしまってすまない。……そうだよな。いくら驚異的な精製スピードを持っている君でも、いくらなんでも千は多すぎるよな。すまなかった。……よし、数を減らそう。七百でどうだろうか?」
「いや……そうではありません」
「うん?」
「多くて驚いたのではなくてですね……あの、そんなに少なくていいのでしょうか? 千ならば、一日で作れてしまいますけど……」
ローデス王国にいた時のノルマは、一日で千個だった。
しかもそれが最低ラインだ。多いときは、一日に五千個作ったこともある。
一週間で千個というノルマは、リーシャにしてみればありえないくらいに少ない数字だった。
しかしフェイムスとリューンは顔を突き合わせて、そっくりな顔で驚いていた。
それはありえない、と顔に書いてある。
三人は三人とも『ありえない』という文字を顔に浮かべた。
そうして固まったまま、誰も喋らない無言の時間が少しだけ流れたあと。
「ノルマの件はいったん置いておこう。それよりまだ、説明が残ってるだろ?」
沈黙を破ったリューンが、フェイムスに先を促した。
フェイムスは動揺しながらも、そうだな、と口にした。
「待遇の説明をさせてくれ。これから君には王宮で暮らしてもらうことになる。もちろん、部屋や食事はこちらで用意する。自分の家だと思って、のびのびと生活してくれ」
「ありがとうございます」
「……それと、これが一番大事なことだが」
懐から紙を取り出したフェイムスは、それをリーシャに見せてきた。
そこには数字が書いてある。
「記載されている数字は、君に支払う一か月分あたりの給料だ。やってもらう仕事を考えれば少ないのだが――」
「こんなに貰ってもよろしいのですか!?」
提示された給料は、ローデス王国で貰っていた給料の実に一年分に相当するものだった。
少ないなんてとんでもない。多すぎる。ありえないくらいに多い。
「数字の桁が間違っているのでは!」
「いや、ここに書かれている数字は正しい」
興奮で身を乗り出すリーシャに、フェイムスは冷静に対応した。
どうやら本当に、こんなにいっぱいのお金を貰えるみたいだ。
「説明は以上だ。なにか気になったことや不満な点はあっただろうか? なければこれで解散とするが」
「ありません! 精いっぱい頑張らせてもらいます!!」
バスティン王国が用意してくれたのは破格の好待遇。
ローデス王国とは大違いな扱いに、不満なんてあるはずがなかった。