【8話】行ってきます
バスティン王国の王宮へ出発する日の朝。
薬屋の奥のスペースでリーシャは声を上げた。
「これでよし!」
目の前には大量の緑ポーションが置かれている。
その数なんと、五百個ほど。
旅立つ前に、大量の在庫を作成しておいた。
お世話になったロッジへ最後の恩返しだ。喜んでくれると嬉しい。
「おーい、リーシャちゃん!」
カウンターの方から、ロッジの声が聞こえてきた。
今行きます、と大きな声で返事をしてからリーシャは向かっていく。
こじんまりとした店内には、多くの人が集まっていた。
ぎゅうぎゅう詰めになっている。
その人たちは全員、リーシャの顔なじみ。
毎日のように薬屋に来てくれる、この店の常連たちだった。
「今まで本当にありがとう!」
「これからは国のために頑張ってくれ!」
「うぅ……リーシャちゃんがいなくなっちゃうのか! 俺の毎日の楽しみが! 寂しいけど……でも応援してるからね!」
感謝の声。
応援してくれる声。
別れを惜しむ声。
店内のあちこちから、色々な声が聞こえてきた。
(こんなにもいっぱいの人が、私のために集まってくれたのね)
そんなことを改めて実感。
心がじんわりと温かくなる。
「リーシャちゃん、ワシの店で働いてくれてありがとうな。感謝してもしきれんわい。もし近くに来ることがあれば気軽に顔を出しておくれ。ワシはいつでも歓迎するからの。本当に……本当にありがとう!」
ロッジは声を震わせた。
瞳からポロポロと涙が流れていく。
それを言われたリーシャもうるうる。
ベムープでの楽しい思い出がよみがえってきて、涙が溢れてきてしまう。
「私の方こそありがとうございました! あなたへのご恩は一生忘れません!!」
声を詰まらせながら言うと、店内から惜しみない拍手が巻き起こった。
そのとき。
「失礼するぜ」
若い男性が店に入ってきた。
長い赤髪を後ろでひとまとめにしている。
騎士服を着て、腰には剣を携えていた。
「久しぶりだなロッジのじいさん。まだまだ元気そうじゃねぇか」
男性はロッジにフランクに話しかけた。
親しい間柄のようだ。
(ロッジさんのお知り合いみたいだけど、どなたかしら?)
疑問に思っていると、男性がリーシャの方を向いた。
「俺はリューン。王国の騎士だ。国王の命でリーシャちゃんを迎えに来た」
「あ、王国の方でしたか。リーシャと申します」
カウンターの奥の方にいたリーシャは、リューンのところまで出て行く。
「君がリーシャちゃんか。……あー、タイミングが悪かったかな?」
苦笑いするリューンに、リーシャは首を横に振った。
瞳に溜まった涙を手で拭ったリーシャは笑顔を作ってから、
「行ってきます!」
見送りに来てくれた人たちに大きな声で挨拶。
深く頭を下げた。
「よし、行こうか」
「はい!」
店に背中を向けたリーシャは、リューンと並んで歩き出す。
「頑張ってね!」「ありがとうな!」――後ろから聞こえてくる多くの声は、いつまでも鳴りやまなかった。
店を出たリーシャは、リューンと一緒に大きな馬車に乗った。
ソファーに腰を下ろすと、馬車がゆっくりと動き始めた。
「それにしてもすごい人気だったね。フェイが言っていた通りの人物で安心したよ」
(フェイって……たぶんフェイムス様のことよね?)
その言い方からして、フェイムスとはかなり親しい関係にあるのだろう。
「そういえばさっきは、少しだけしか名乗ってなかっよね。もう少し詳しく話させてくれ。……俺はリューン。国王――フェイの近衛騎士だ。これから仕事で関わることもあるだろうからよろしくね!」
リューンは朗らかに笑った。
騎士というからもっと怖い感じかと思ったが、とても話しやすそうな雰囲気をしている。
王宮までの道のりは長い。
これからその長い時間をともにするリューンが話しづらい雰囲気の人だったらどうしようかと思ったが、これなら安心だ。
リーシャはホッと胸をなで下ろした。