【7話】イリアスの真の目的※イリアス視点
「レイマン様ぁ」
ローデス王国の王宮にあるレイマンの部屋に、イリアスの甘ったるい声が響いた。
「この前街へ出かけたときに、とっても美しいルビーの指輪を見つけたのです。あの指輪があれば私はもっとかわいくなれると思うんですよね」
とろんした紫色の瞳でレイマンをチラリ。
欲しいなぁ……、と指輪をねだる。
「それならすぐにメイドに買いに行かせよう!」
イリアスの狙いは大成功。
レイマンはすぐに弾んだ声で快諾してくれた。
「ありがとうございます! なんて懐が大きいのかしら!」
レイマンの婚約者になって三か月ほど。
イリアスは贅沢ざんまいな生活を送っていた。
宝石、服、アクセサリー……調子よくおだてて機嫌を取るだけで、レイマンはなんでも買ってくれる。
そんな今の生活は、楽しい、の一言。
レイマンの婚約者になれば好き放題できるとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。予想以上の毎日に、イリアスは大きな幸せを感じていた。
ドンドンドン!
大きなノック音が聞こえてきた。
「失礼いたします! レイマン様に、急ぎ報告したいことがございます!」
慌てた部屋に入ってきたのは、王国騎士団の団長。
呼吸は乱れ、額には大粒の汗をかいている。
「せっかくイリアスとの大切な時間を過ごしていたのに……邪魔しやがって」
大きく舌打ちしたレイマンが、団長を睨みつけた。
「で、報告ってなんだよ? つまらない用件だったらタダじゃおかないからな」
「北の国境沿いの町に魔物が出現しました! 本国に魔物が出現するのは実に数十年ぶりのことです!」
「魔物が現れただって? なにバカなことを言っているんだ、それはありえないよ。この国はイリアによって守られている。彼女の神子の力によってね。だから魔物は入ってこれないのさ。こんなことも知らないとか、よくそれで騎士団長が務まるよね。まったくあきれるよ」
団長を鼻で笑ったレイマンは、イリアスを見た。
口元には嘲笑が浮かんでいる。
「イリア。君からも何か言ってあげるといい」
「レイマン様のおっしゃる通りですわ。見間違いかなにかではないでしょうか?」
「しかしですね、現地で対応に当たった兵士の報告によれば――」
「おい! 僕とイリアの言葉を疑うってのか!」
「い、いえ! 決してそのようなことは……」
「第一王子と神子を愚弄した罪は重いぞ! 覚悟するんだな!」
(こいつ、笑えるくらい本当にバカね)
イリアスは手で覆った口元に嘲笑を浮かべた。
それは団長に向けてではない。怒声を張り上げている第一王子に対してだ。
まず、イリアスは神子ではない。
金で買収した神官たちに、嘘の申告をさせた。
聖女や神子の認定は、国の祭事を取り仕切る神官たちの役目だ。
彼らに力を認められることで初めて、聖女や神子となれる。
イリアスはそれを金で買った。
すべてはレイマンの婚約者になるために。
イリアスの目的は王妃になることだ。
権力を振りかざし、好き勝手に楽しく人生を過ごしていきたいという願望がある。
王妃になるためには次期国王である第一王子の妻になるのが、もっとも手っ取り早い。
だからこそイリアスは色目を使って、レイマンに近づいた。
しかしレイマンには既に、リーシャという婚約者がいた。
彼女がいる以上、レイマンの妻にはなれない。
目的を達成するためには、なんとしても排除しなければならなかった。
リーシャをこの国から追い出して欲しい、とレイマンには何度も伝えてきた。
でも返ってくるのはいつも同じ。
神子が国からいなくなるのはまずい、という答えだけ。
そのときイリアスは閃いた。
だったら私が神子になればいい、と。
そうしてイリアスは金の力で偽りの神子となった。
その嘘をまんまと信じたレイマンは、リーシャを国から追い出した。
すべてはイリアスの計画通りになった。
レイマンは多少顔が良いだけの、頭すっからかんのバカだ。
男としての魅力はこれっぽっちも感じない。
それでもイリアスは自らの目的のために、レイマンを愛しているというフリを続けている。
今までも――そしてこれからもずっとだ。この先もずっと騙し続ける。
「どうしたんだいイリア? 何か楽しそうだね」
おっといけない。
いつの間にか口元を覆っていた手が外れていたようだ。
「レイマン様が私のことを想って、本気で怒ってくださったこと。それがたまらなく嬉しかったのです」
(私は王妃になりたいの。頼むからずっとそのままの――バカのままのあなたでいてね)
それっぽいことを言いつつ、心の中でほくそ笑んだ。
レイマンは笑顔になる。
そうして胸を張り、
「当然だよ。僕は君を愛しているんだから」
なんて得意気に言ってみせた。
「わ、私もです……ッ」
震え声で答える。
笑いそうになるのを我慢するのが大変だった。