【4話】温かい国
「この店で緑色のポーションを扱っていると聞いたのだが、間違いないだろうか?」
「合っています。そちらをお求めでしょうか?」
「あぁ」
「申し訳ございません。本日分は既に売り切れてしまったんです」
「……そうだったのか」
視線を伏せた男性は、心底残念そうに肩を落とした。
そんなにも緑ポーションが欲しかったのだろうか。
このまま帰すというのが、なんだか申し訳なくなってくる。
「ちなみに、いくつご入り用だったのですか?」
「一個だ」
「あの……一個であれば今から精製することもできます。少しお時間をいただくことになってしまいすが、いかがでしょう?」
「いいのか? そうしてもらえるとありがたい。ぜひよろしく頼む」
「かしこまりました。それでは少々失礼いたします」
頭を下げたリーシャは奥のスペースに引っ込み、魔力水が入った小瓶に治癒魔法をかけた。
そうしてできた緑ポーションを持って、元の場所へと戻る。
時間にして、一分も経っていないうちの出来事だった。
「お待たせしました! こちらが緑ポーションになります!」
「あの短時間でポーションを作ってきたというのか!?」
小瓶に入った緑のポーションを、男性は驚いた表情で受け取った。
「速すぎる……驚異的なスピードだ。……失礼なことを聞くが、本当にポーションなのか?」
怪訝そうにしてくる男性に、リーシャはコクリと頷いた。
(そういえばロッジさんも、初めはこんな反応をしていたわね。……あれからもう三か月。なんだかあっという間だったわね)
楽しい時間はあっという間にすぎる、なんてよく言うがその通りだ。
ベムープでの日々を楽しく過ごしているリーシャは、そのことを強く実感した。
「ポーションを作ってくれてありがとう。おかげで助かった」
「いえ、お気になさらず。大したことはしていませんから」
リーシャは笑顔で応えてから、
「お買い上げいただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
お決まりの挨拶でバッチリと締める。
しかし、男性は帰ろうとしなかった。
それどころか、
「君の名前を教えて貰ってもいいだろうか?」
そんなことを聞いてきた。
(私の名前なんて聞いてどうするのかしら?)
「リーシャと申します」
不思議に思いながらも別に隠しているものでもないので、そのまま答えた。
「リーシャか。良い名前だな」
「ど、どうも」
「噂によると君は、治癒魔法を扱う者――治癒術師だそうだな?」
遠方の国からベムープにやって来た平凡な治癒術師――という設定でリーシャは通していた。
ローデス王国の聖女でなおかつ神子だったけど第一王子に国外追放された、なんて知られたら変な風に噂が立ってしまうかもしれない。
それを嫌って正体を隠していた。
「この国をどう思う?」
男性は唐突にそんなことを聞いてきた。
質問の意図がよく分からなかったが、
「とても温かい国だと思います」
ともかくリーシャは心に浮かんだことを、そのまま口にした。
「ここの人たちは、よそ者である私を優しく迎えてくれました。それから、小さなことでも感謝をしてくれるんです。私が今充実した日々を送ることができているのは、そんなみなさんのおかげなんです」
ロッジ夫妻、薬屋の客――みんなリーシャに優しくしてくれて、そして、感謝をしてくれる。
ローデス王国にいたときとは、まるで大違いだった。
あの国にいた頃は、一度もお礼を言われたことがない。
ものごころつく前に両親を失ったリーシャは、神子であることを理由に王国に保護されずっと王宮で暮らしていた。
でも、その暮らしはひどく辛いものだった。
神子なのだからやって当然、と言わんばかりに毎日ありえないくらの仕事を課されてきた。
リーシャは必死になってそれに応えてきたが、誰にも一度だって感謝されたことはない。
みんながみんな、神子なんだからやって当然、といった態度をとってきた。
リーシャにとってのローデス王国での毎日、それは、大量の仕事をこなすだけの辛い日々だった。
毎日を、楽しい、と思えるようになったのは、この店で働き始めてからのことだ。
「実にまっすぐな言葉だな。ありがとう」
男性は優しい笑みを浮かべた。
まるで自分が褒められているかのように嬉しそうだ。
しかしリーシャが褒めたのは、バスティン王国のことだ。
別に男性を褒めたのではない。
「……どうしてあなたがお礼を?」
疑問を口にすると、男性は目に見えてどきまぎ。
やらかした、という表情を顔に浮かべていた。
「変なことを尋ねてすまなかったな! これにて失礼する!」
逃げる去るようにして、男性は店から出ていった。
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