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【34話】神への問い※イリアス視点


 バスティン王国の王宮の地下には、いくつもの牢屋が設けられている。

 そのうちの一つに、第一王子レイマンを欺いたイリアス・シルベリンは収監されていた。

 

「いつまでこんなところに閉じ込めておく気なの……!」


 ここに入ってからもう三日ほど。

 与えられるのわずかな食事だけで、風呂にも入れない。

 体中かゆいし、あんなにも美しかった髪がギシギシになってしまっている。

 

 ここの環境は最悪だ。

 早く出ていきたい。

 

「イリアス・シルベリン」

 

 歩いてきた王国軍の兵士が、イリアスが入っている牢の前で立ち止まった。

 

(ようやくここから出られるのね)


 ほっと安堵したイリアスだったが、

 

「これより貴様を収容所へ移送する。刑罰はそこで言い渡される。第一王子とこの国を騙していた罪は重い……恐らくは極刑だろうな」

 

 それも束の間。

 告げてきた言葉にイリアスは目を見張る。

 

「ふざけないでよ……!」


 ギリギリと奥歯を噛んだイリアス。

 吊り上がった唇から出たのは、押し出すような声だった。


「私は他の人間とは違う! 特別なの! 価値があるの! それなのにどうして私が死なないといけないのよ!」


 宝石のような美貌を持ち合わせて生まれてきたイリアスは、幼い頃より眩しい輝きを放っていた。

 その美しさは、他の令嬢たちなど比較にならない。宝石であるイリアスと比べたら、その辺に転がってる石ころだった。


 そんな彼女を周囲の人間は「あなたは他の人間とは違う。特別な子よ」と言い、蝶よ花よと愛でた。

 すべてを肯定し、すべてを許した。怒ることは一切しなかった。

 そうして育てられてきたことでイリアス自身もまた、そのことを強く認めていた。

 

 だから、あのバカ王子を騙したとしても罪はない。

 

(だって私は特別だから! すべての行為は許されるの!)


 それなのにこれから、裁かれようとしている。命が終わろうとしている。

 こんなことは絶対におかしい。間違っている。


「ねぇ、あなたもそう思うわよね?」


 真上を向いたイリアスは神に問いかける。

 世界を作った神ならば、きっとこの不条理を分かってくれるはずだ。

 

「……どうやらおかしくなっちまったみたいだな」


 憐れみの表情を浮かべた兵士が、牢の扉を開けた。

 

「どうでもいいがな。俺は仕事をするだけだ」


 牢の中に入った兵士は、両腕をロープで拘束されているイリアスを外へ出した。

 強引に腕を掴んで、移送するための馬車へ連行していく。


 イリアスはその間もずっと天を見上げていた。

 

「特別な私が死ぬなんておかしいわよね? そうでしょ?」

 

 笑みを浮かべながら、神に問いかけを続けていた。

 

 狂気じみたその姿に、連行している兵士は気味悪さをずっと感じていた。

 

 

 兵士とイリアスの乗った馬車が、収容所へ向けて走り出してしばらく。

 人気(ひとけ)のない道の上で、馬車が急に停まった。

 

「おい御者! なぜ馬車を停めた! まだ収容所には着いていないぞ!」

 

 イリアスの隣にいる兵士が声を上げた。

 しかし声は返ってこない。


「いったいなんだってんだよ……」


 様子を見に行こうと、兵士が馬車から降りた。

 その直後。

 

「あああああ!!」

 

 兵士の大きな叫びが聞こえてきたと思えば、窓に真っ赤な血が飛び散った。

 今のは断末魔だ。


 それを聞いたイリアスは、

 

「あははははは!!」


 満面の笑みで甲高い笑い声を上げた。


 普通に考えれば危ない状況だ。

 次は自分が殺されるかもしない。

 

 でも、そうは思わない。

 

(私を助けてくれたのね! ほら、私は特別なんだわ! ありがとう神様!)


 神もイリアスを特別だと分かっている。これは神の意志だ。

 だからこうして、救いの手を差し伸べてくれた。怖がる必要なんてどこにもない。

 

 馬車の扉が開く。

 

「へっへっへ」

 

 中にぞろぞろと入って来たのは屈強な体つきをした、数人の男たちだった。

 粗末な服を着て、下品な笑い声を上げている。

 

(神様の遣いにしては、あまりに下品な集団ね)


 白馬の王子様を期待していたが、そうはいかないようだ。

 

 怪訝な顔をするイリアスに、先頭に立っているスキンヘッドの男が口を開く。


「こんにちはかわいいお嬢さん。俺たちが誰か気になるかい?」

「……そうね。神様の遣いなのだし、一応聞いておこうかしら」

「神の遣いだって? ……何言ってるかさっぱりだな。俺たちは盗賊団さ。この国は今混乱しているからな。殺し放題盗み放題ってわけよ!」


 自慢げに語ったスキンヘッドの男は、ニヤニヤとした目線を浮かべた。


「しかし金目のものを取るつもりでこの馬車を襲ったんだが、とんだ収穫があったぜ……!」


 その視線はイリアスへ向いている。

 まるで品定めでもされているかのようだ。気分が悪い。


「まさかこの私が、小汚い盗賊なんかに助けられるなんてね。でも、助けてくれたことには感謝してあげる。さ、早く両腕のロープを切ってちょうだい。窮屈でしょうがないのよ」

「あ? 助けただって? おいお前ら、今の聞いたかよ!!」


 アハハハハ!

 盗賊たちは堰をきったように大笑いしだした。

 

 彼らの嘲笑と侮蔑の視線が、イリアスに突き刺さる。

 

「な、なにがおかしいのよ……!」

「おかしいに決まってんだろ! これが笑わずにいられるかってな!」


 スキンヘッドの男がゆっくりとイリアスへ近づいてくる。


「いいかいお嬢さん? 俺たちは正義の味方じゃねぇ。盗賊団だぜ? 金になるものならなんだって奪うのさ。例えばそう、高く売れそうな人間――とかな!」

「――!?」


(こいつら、私を売り飛ばすつもりなの!?)


 目の前のスキンヘッドの男が言わんとしていることに気づいてしまった。

 身の毛がよだつ。全身から汗が噴き上がる。


「見たところあんたは、かなりの上玉だ。奴隷商に高く売れるだろうよ! とんだ掘り出し物だぜ!」

「ど、奴隷ですって!?」

「そうだ。この先あんたが人間扱いされることはない。頭のおかしい金持ちに飼われ、そいつらのおもちゃとして人生を送り続けるのさ。死んだ方がマシと思えるような辛い人生をな!」

「ふざけないで! 私は選ばれし人間なの! 特別なの! 奴隷になんてなるものですか! お願いだから助けてよ神様! たすけてたすけてたすけて!!」


 もう一度神に願う。

 腹の奥から全力で泣き叫ぶ。

 

「うるせぇんだよ」


 スキンヘッドの男が、イリアスのみぞおちをおもいっきり蹴り上げた。

 イリアスの体が床に転がる。

 

 強い痛みが走るとともに、なにかがせり上がってきた。

 口から吐き出してみる。

 

 それは、血だった。

 

「いやああああああ!! 血が! 血が出てるううううう!!」

「だから黙れっつてんだろ!!」

 

 絶叫を上げるイリアスのみぞおちに、スキンヘッドの男がもう一度蹴りを入れた。

 

 血がごぼっと噴き出る。

 視界がぼやけ、意識が遠くなっていく。

 

「ふざけないでよ……! こんな世界絶対に間違っているんだから……」


 そう呟いたのを最後に、イリアスの意識は途切れてしまった。

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