【30話】祝わなくちゃいけない……のに
執務机から立ち上がったフェイムスは、目を白黒させた。
「どうしたんだリーシャ?」
「あ、その……」
いきなり部屋に放り込まれてしまったリーシャは、頭が真っ白になってしまう。
恥ずかしくて、今すぐここから逃げ出したい。
(でもリューンさんのあの口ぶり……きっと何かあるはずだわ!)
もしかしたら、あの噂は嘘だったのではないのか。
それをフェイムスの口から言わせようとして、リューンはここまで連れてきてくれたのではないか。
「噂を聞いたのです。他国の王女様とご婚約なさるそうですね。……フェイムス様、どうかお答えください。それは本当のことなのでしょうか?」
真相を確かめずにはいられない。
顔を強張らせたリーシャは、震え声で問いかける。
(お願い! 違うって言って!)
強く願う。
でも、
「いや、それはだな……」
フェイムスはバツが悪そうに視線をそらした。
瞬間、リーシャは悟ってしまった。
(…………噂は本当だったのね)
もし噂が嘘だったのなら、こんな反応はしないはず。
すぐに否定するだろう。
けどそうしないとことはつまり、事実。
他国の王女様と――リーシャじゃない誰かと、フェイムスは婚約してしまうということだ。
「……ご婚約おめでとうございます」
泣きそうになるのを必死に我慢して、祝福をする。
でもそれはなんとも小さくて、まったくいっていいほど元気がなかった。
婚約といえば、普通はめでたいことだ。
大いに祝ってあげなければいけない場面のはず。
これがもしリューンだったら、リーシャは大いに祝っていたことだろう。
でも、フェイムスなら無理だ。
大好きな相手が婚約すると聞いて、そんな気持ちにはなれない。他の人女性とくっつくということに耐えられない。
首から下がっているイエローダイアモンドのペンダントを、リーシャは両手で握りしめる。
これは以前、王都の街でフェイムスがプレゼントしてくれたもの。
リーシャにとって、大切な宝物だ。毎日身に着けている。
輝くイエローダイアモンドは、フェイムスの瞳にそっくり。
これを身に着けていれば彼がいつでも見守ってくれているような気がして、それが嬉しくて、だから肌身離さず持っていた。
(でも、こんなことになるならプレゼントなんて欲しくなかった……!)
フェイムスと過ごす時間は幸せだった。本当に夢のようだった。
だから、その分だけ辛い。
こんなことになるなら、幸せな思い出なんていらなかった。
(そうすれば彼を好きになることも、こんなに辛い気持ちになることもなかったのに……!)
我慢していた涙が溢れ出てきそうになってしまう。
奥歯を噛みしめて必死にこらえた。
でも、我慢できなかった。ボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
「それを言いにきただけです。どうかお幸せに……!」
もうこれ以上、ここにいたくない。傷つきたくない。
背中を向けようとしたリーシャだったが、
「待ってくれ! その噂は嘘なんだ!」
フェイムスの必死の叫びがそれを止めた。
「いや、婚約の申し込みがあったというところまでは本当だが……俺は断ったんだ」
「…………どうして?」
「そんなの決まっている!」
フェイムスの瞳が強くきらめく。だが、
「き、君に……」
瞳から光は失われ、急に歯切れが悪くなってしまった。
なにか言っているが、小さすぎてほとんど聞き取れない。
やがてフェイムスはわざとらしく、「あ!」と声を上げた。
「そうだった。すぐに片付けなければならない仕事があるのを忘れていた。悪いがリーシャ、話はここで終わらせてもらう。この話はまた今度だ」
追い立てられるように部屋を出たリーシャだったが、
「ふんふーん」
私室への道を鼻歌まじりにルンルン気分で進んでいく。
噂が嘘だった――そのことが彼女の心をとんでもなく舞い上がらせていた。
先ほどまでの絶不調はどこへやら。
今のリーシャは過去最高に絶好調。目を瞑ったって緑色のポーションを作ることができるだろう。
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