【3話】ちょっと惜しい美丈夫
リーシャがロッジの薬屋で働き始めてから三か月。
「リーシャちゃん、緑ポーション二個ちょうだい」
「俺は三つくれ!」
「私は五個――ううん、今日は十個もらおうかな!」
リーシャの作る緑ポーションを求める客で、店は今日も大繫盛していた。
青ポーションよりずっと治癒効果の高い緑ポーションの噂は、またたく間にベムープ中に広がっていった。
今では緑ポーションを求めて、ベムープだけでなく近隣の町からも多くの客が押し寄せるようにまでなっている。
そんな繁盛している薬屋の看板娘のリーシャはというと、愛想の良さから多くの客に慕われており、人気者となっていた。
リーシャと会話をするためだけに店を訪れる客もいるくらいだ。
「今日の分はすべて売り切れです!」
開店からたった十分ほど。
百本ほど作ってあったポーションの在庫は、あっという間にすべて売り切れた。
「リーシャちゃんのおかげで、この店の売り上げは何倍にもなった。なんともありがたいことじゃ」
「感謝しているのは私の方です」
隣でうんうんと頷いている店主のロッジに、リーシャは微笑んだ。
「ロッジさんは私を雇ってくれただけでなく、住処まで提供してくださいました。本当にありがとうございます」
この店の従業員になった初日。
ベムープに来たばかりでまだ住処が決まっていないことを伝えると、ロッジは薬屋の奥のスペースを無償で貸してくれた。
間取りはやや手狭だが、生活に必要なものはそこにすべて揃っていた。
おかげでベムープに来た初日から今日にいたるまで、リーシャはなに不自由なく生活できている。
「ほっほっほ。リーシャちゃんにはたんと世話になっているからの。そのくらいやって当然じゃよ。お、そうじゃ! 今晩はウチに夕食を食べに来るといい!」
「やった! おばあさんが作ってくれるご飯、とっても美味しいので楽しみです!」
この薬屋からほど近い場所に建つ一軒家で、ロッジは妻と二人で暮らしている。
その夕食の席に、リーシャはこうしてときどきお呼ばれされていた。
ロッジの妻はとっても料理上手。
夕方になるのが今から楽しみだ。
「かわいいだけでなく、礼儀正しくて明るい。うんうん、リーシャちゃんは非の打ち所がない子じゃ。フェイムス様には、ぜひこういう子と結婚してほしいものじゃがのう」
ロッジと話していると、頻繁に『フェイムス様』という名前が出てくる。
その正体は、バスティン王国の若き国王だ。
歳は二十三歳。
五年前に前国王とその妻が事故で亡くなってしまったことで、その若さで国王となったそうだ。
しかしながら頼りないということはいっさいなく、頭が切れる上に、腕っぷしの方もかなり強いらしい。
そしてなにより、思いやりに溢れる優しい心の持ち主で、いつも国民のことを第一に考えている人物だという。バスティン王国の民はみんなフェイムスを慕い、厚い信頼を寄せているようだ。
ロッジは十年ほど前まで王宮で働いていたそうで、フェイムスとは親しい間柄なんだとか。
話への登場頻度が高いのは、もしかしたら孫みたいに思っているからなのかもしれない。
「この際本当に結婚してみるというのはどうかの? リーシャちゃんが王妃になったら、国民はみんな喜ぶぞ!」
「もう、ロッジさんてば。なに言ってるんですか」
一国民でしかないリーシャが、どうやって国王と結婚するというのだろうか。
ロッジの冗談に、ほがらかな笑いを交えつつ応える。
「む、そろそろ買い出しに行かねばなるまいの。リーシャちゃん。いつものように留守番を頼めるか?」
「もちろんです」
ロッジは週に一度、ここより離れた場所にある大きな街へ薬の材料を買い出しにいっている。
帰ってくるのは夕方頃だ。
そういう日はいつも、リーシャが一人で店番を務めている。
「お土産を買ってくるからの。楽しみに待ってておくれ」
「ありがとうございます! 気をつけて行ってきてください!」
店から出ていくロッジに、リーシャは笑顔で手を振った。
昼下がり。
リーシャ以外誰もいないガランとした店内に、黒いジャケットを着た男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
挨拶をしたリーシャは、ちらりと男性を見やる。
(初めて見る人だわね)
この店に来る客は、ほとんどが顔見知り。
新規の客は珍しかった。
歳は二十代半ばといったところだろうか。
リーシャより頭二つほど高い長身は一見細く見えるが、随所が引き締まった筋肉で盛り上がっていた。
艶めく黒髪に、キラリと輝く金色の瞳をしている。
緻密で精巧な顔立ちは、思わず見惚れてしまうほどに美しい。
まさに文句のつけようがないくらいの美丈夫なのだが、惜しい点が一つ。
口の周りにびっしりと生やしている黒色のヒゲ。
これがまったく似合っていない。
せっかくのきめ細かな肌が、ヒゲで隠れてしまっている。
(もったいないわ。ない方が絶対素敵なのに)
「聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」
「は、はい! どうぞ!」
男性の顔を勝手に評論していたリーシャは、声を投げかけられたことで我に返った。
ヒーロー登場!
ちょっと惜しい部分については解消されるのでご安心を。