【29話】気になる噂
出来上がったポーションを見たミラは、気まずそうな顔をした。
「灰色……また失敗ですね」
ポーション作ろうと魔力水に治癒魔法をかけたリーシャだったが、できたポーションの色はいつもの緑色ではない。
濁った灰色だった。
これを摂取するとケガが治るどころか、逆に体調を悪くしてしまう。
つまりは、不良品――失敗作だ。
しかも、これが初めてではない。
リーシャは今日一日だけで、何度も失敗している。
目を瞑っても完璧にできるはずのポーションづくりがうまくいかないのには、理由があった。
ここに来る前、通路にいた宮女たちの話をたまたま聞いてしまったからだ。
「ねぇ聞いた? フェイムス様、婚約するらしいわよ!」
「そうなの!?」
「相手は他国の王女様でね、しかも、とってもかわいい人なんだって!」
「美丈夫と美女でお似合いだわね!」
というのが宮女たちの会話。
それを聞いてしまったせいで、リーシャは大きく動揺していた。
フェイムスの婚約が気になってしょうがなくて、ポーションづくりにまったく集中できていない。結果、失敗作を量産しまくっている。
(私がフェイムス様と釣り合わないことは分かっているわ)
リーシャは他国からやってきた一市民。
国王であるフェイムスと釣り合わないことは、最初から分かっている。だから気にしたってしょうがない。
(そんなことは分かっているの。でも……!)
それでも好きになってしまった。
バトレアの一件でフェイムスが致命傷を負ってしまったあのとき、彼を失いたくないと心から願った。
そしてあのとき、リーシャは気づいた。
フェイムスを好きだという、自分の気持ちに。
(……そういえばあのとき、フェイムス様は『こんなことになるのなら早く言っておけば良かったな』って言ってたわよね。あれはもしかして……)
実は俺は、近々他国の王女様と婚約する予定だったんだ。君にも早くいい人が見つかるといいな――てきなことを言おうとしていたのではないだろうか。
他人思いのフェイムスのことだ。リーシャのことを案じてそんなことを言う可能性というのは、十分にあった。
リーシャはガックリと肩を落とした。
ずーんと気持ちが沈む。
心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったようだ。
「お姉様、今日はもう休まれた方がいいのでは?」
死んだような顔をしているリーシャを、ミラが心配そうに覗き込む。
「……そうかも。うん、そうするわね」
ミラの言う通りだ。
今日のリーシャは絶不調。
これ以上仕事をしても、出来上がるのは失敗作の灰色ポーションだけだ。やるだけ魔力水の無駄になってしまう。
「片付けは私がやっておきますから」
「……ありがとう。ごめんね、ミラ。甘えさせてもらうわね」
トボトボとした足取りで作業部屋を出たリーシャは、リューンの部屋へ向かった。
管理者であるリューンに、今日の仕事は休むということを報告しにいく。
「リーシャちゃんが休みを取るのって初めてだよね。珍しいこともあるもんだ」
「突然ごめんなさい」
「いいや、責めてるわけじゃないんだ。ごめんね。休みの件は分かった。今日はゆっくり休むといいよ」
用件を伝えると、リューンは快く承諾してくれた。
ローデス王国の管理者だったら、仕事を休むなんて絶対許さんぞ! 、なんてことを言われて却下されたに違いない。
リューンの優しさに感謝だ。
「ありとうございます」
しかしお礼を言ったリーシャは、そのまま動かなかった。
用件を伝え終わってもう用はないというのに、部屋を出て行こうとはしなかった。
(リューンさんなら、噂の真偽を知っているんじゃないかしら?)
宮女たちが話していたのを、チラッと聞いただけだ。
もしかしたら、婚約話なんてない、という可能性だってある。
フェイムスと親しいリューンならば、噂が事実なのか知っているはずだ。
「リューンさんはあの噂のことはご存知でしょうか?」
「あの噂?」
「その……フェイムス様が他国の王女様と婚約するという」
「あぁ、そのことか。あれ? ていうかリーシャちゃん、何も聞いてないの?」
「……え? なんのことですか?」
「フェイのヤツ……肝心なところで抜けてるよな」
リューンがため息を吐く。
いったいなんのことだろう。
「その話だけどね実は……」
リューンは言いかけるも、そこでなぜか黙ってしまう。
考え込んでいるかのような顔をしている。
「リューンさん? どうしたんですか?」
「いや、よく考えたらこれは俺が言うことじゃないなって思ってさ。フェイから直接聞いたほうがいいよ」
「――!? ちょっと待ってください!」
面と向かってそんなことを聞く勇気はない。
だからこうしてリューンに聞いたというのに。
「大丈夫! さぁ行くよ!!」
しかしリューンは止まる気がなかった。
リーシャの手を掴んで、部屋の外へと歩き出していってしまう。
フェイムスの部屋まで付いてしまった。
ノックもせずに部屋の扉を開けたリューンは、
「いってらっしゃーい」
リーシャの肩を押して中へと押し込んだ。
「何するんですかリューンさん!?」
「じゃあね! 頑張ってねリーシャちゃん!」
リューンは最後に気持ちの良い笑顔を見せてから、扉をバタンと閉めた。




