【20話】暴走する魔物たち
午前九時。
作業部屋でポーションづくりをしているリーシャは、今はひとりきりだ。
サポート役のミラは、準備のため少し外していた。
作業部屋の扉がノックされる。
(ミラが戻ってきたのかしら?)
「おはよう」
しかし部屋に入って来たのは、フェイムスだった。
彼がここに来るなんて珍しい――というより、初めてじゃないだろうか。
「おはようございます、フェイムス様。今日はどうされたのですか?」
「少し仕事に余裕ができたからな。たまには様子を見ておこうと思ったんだ。今日の調子はどうだ?」
「かなり調子がいいです。その……この前のお出かけが楽しかったからかもしれません」
「そ、そうか」
おもいきって本心を言ってみたら、フェイムスは恥ずかしそうに視線を逸らして小さく咳払い。
そうしてすぐにまた、リーシャを見つめた。
少しぎこちなく瞳が揺れている。
「それなら次は別のところへ出かけないか?」
「いいですね! あ、でもそれなら変装はなしでお願いします。私今度は、素顔のフェイムス様とお出かけしたいです」
せっかくのお出かけ。
次はちゃんと、ヒゲをつけていない本当のフェイムスと楽しみたい。
「ふむ……それなら森か湖にしよう。人が少ないところなら変装する必要もない。それになにより、この前みたく余計な邪魔も入らないだろうからな」
「約束ですよ」
「あぁ。約束だ」
二人は互いに笑みを浮かべる。
リーシャのはもちろん喜びの笑み。
フェイムスのは分からないけど、同じだと信じたい。
この前のような、幸せに溢れた時間が再び流れる。
今度は邪魔も入らないだろう。
しかし、そのとき。
「お楽しみ中悪いが、ちとまずいことが起きた」
ノックもなしに、リューンが慌てた様子で部屋に入ってきた。
表情はこれまでに見たことのないくらいに苦々しい。
どうやら、フェイムスをからかいに来たわけではないみたいだ。
「どうした?」
柔らかかったフェイムスの表情が、一瞬にして引き締まる。
「現地からの報告によると、バトレアに暮らしている魔物が数体、突然暴れ出したそうだ。バトレアに多くの被害が出ているらしい」
バスティン王国は他種族を受け入れている国で、魔族と人間は一緒の地域で暮らしている。
王都の隣にあるバトレアという街は、国内でも暮らしている魔物の数が他の街に比べて多い場所だ。
(でも、妙だわね)
バスティン王国に住まう魔物たちは、温厚な性格をしていて心優しい。
それが突然暴れ始めるなんて、どう考えてもおかしい。
フェイムスも同じことを思ったようで、
「バトレアの魔物がなぜ急に暴れ始める?」
リューンへ疑問を漏らした。
「俺にも分からない。なんでも現地で対応に兵士からの報告では、暴走している魔物はみんな目を赤く光らせているらしい。分かってるのはそれだけだ」
「――!」
リーシャの体がビクっと跳ねる。
目を赤く光らせ暴走している――その現象に、心当たりがあった。
「その魔物たちは操られているのかもしれません」
「……リーシャ。詳しく話してくれないか?」
「はい。聖属性魔法と対を成す、闇属性魔法――その中には相手に呪いをかけ自我を消し、意のままに操るという恐ろしいものがあるのです。そして呪いを受けた者には、ある特徴が見られるのです――目が赤く光る、という特徴が」
「……温厚な魔物が急に暴れ出したのも、呪いを受けて操られていると考えればすべて説明がつくな。兵士からの報告とも一致しているし、リーシャの考えは恐らく正しいだろう」
「私をバトレアに連れていって下さい。私であれば魔物にかけられている呪いを解くことができます」
癒しの力を持つ聖属性魔法と反対の性質を持つ闇属性魔法は、呪いをかける悪しき力。つまり、穢れと同じだ。
神子であるリーシャならば、魔物にかけられている呪いを浄化によって祓うことができる。
「ならば俺も同行しよう。君のことは何があっても俺が守る!」
「お願いします!」
フェイムスは腰に剣を携えてから外に出ると、すぐに馬に跨った。
リーシャもその後ろに乗り、フェイムスの体に掴まる。
「振り落とされないようしっかり掴まっているんだぞ」
「はい!」
二人の乗った馬がバトレアへ向けて、全速力で駆け出した。