【1話】愚かな婚約者
「リーシャ・シュパルム! 君との婚約を破棄する!」
ローデス王国の王宮の一室に呼び出されたリーシャは、突然そんなことを言い渡された。
言ってきた相手は、ローデス王国の第一王子――レイマンだ。
苛立ち混じりの瞳で、リーシャを睨みつけている。
「希少な聖女だからって偉ぶってさ……! そういう態度が前から気に食わなかったんだ!」
聖属性魔法を使える女性を、ローデス王国では『聖女』と呼んでいる。
聖女はとても希少で、この国にはリーシャを含めて三人しかいない。
特別な存在といっても差し支えないだろう。
(偉ぶっていた? そんなことした覚えは一度もないけれど……)
しかし、レイマンに言われたことにまったく心当たりがない。
生まれてからの十八年、リーシャは一度だってそんな態度を取ったことはなかった。
むしろ偉ぶっていたのは、レイマンの方だ。
レイマンはロクに仕事をせず、やっていたことといえば配下をいびることくらい。
それについて指摘したこともあるが返ってきたのは、「第一王子であるこの僕に意見するのか! 生意気な女め!」、というもの。まったく聞く耳を持ってくれなかった。
(まさに『お前が言うな』ってやつよね、これ)
イライラしているレイマンの視線に、リーシャの緑色の瞳はうんざりした視線を返した。
リーシャは背中まで伸びた金色の髪を軽く手で払う。
「これでやっと君との関係を絶てる。好きでもない女と無理矢理婚約させられて、僕がどれだけ嫌な思いをしていたことか!」
(それは私のセリフなんだけど)
二人の婚約はリーシャが希望した訳でも、はたまたレイマンが希望した訳でもない。
国王の決定によるものだった。
リーシャはただの聖女ではない。
特別な力を持つ聖女だ。
それが理由で国王から、第一王子であるレイマンの婚約者に指名されてしまった。
二十歳のレイマンは金色の髪に青色の瞳をしていて、とても端正な顔立ちをしている。
外見はいい。外見だけは。
でも、中身は最悪。
常に高いところから他人を見下して、自分のことしか考えていない。
いくら相手が世界有数の大国であるローデス王国の第一王子だとしても、そんな人間とは結婚したくなんてなかった。
婚約破棄してくれたことは、リーシャとしてもありがたい。
「さぁ、とっととこの国から出て行け!」
「それはつまり、国外追放ということですよね? ですが、よろしいのですか? 『神子』である私を追放したら、国が大変なことになりますよ?」
聖女の中でも特別な力を持つリーシャは、神に祝福されし者――神子と呼ばれている。
たくさんの農作物を実らせ国を豊かにする、魔物や自然災害の被害から国を守るなど、神子の力には様々なものがある。
神子であるリーシャが国からいなくなれば、当然その恩恵もなくなる。
それがどういうことを意味するのか、レイマンは分かっているのだろうか。
「ハッ、何を言うかと思ったら! それなら問題ない! そうだろう、イリア?」
「はい」
レイマンの隣に立っている女性――イリアス・シルベリン公爵令嬢が笑みを浮かべた。
茶色の髪に紫の瞳をしている彼女は、庇護欲をかきたてるような非常に愛らしい容姿をしている。
しかし。
非の打ち所がない外見とは反対に、性格はすこぶる悪い。
イリアスとはこれまで何度か顔を合わせたこともあるが、その度に毎回罵ってきた。
それに私物を勝手に捨てられたり、『頬に蚊がとまっていた』という理由でおもいっきりビンタされたこともある。もちろん蚊はいなかった。
そんなイリアスは、レイマンに色目を使っていた。
リーシャはそのことを知っていたが、ずっと放置してきた。
好きでもない婚約者が他の女性と関係を持とうが、心底どうでもよかったからだ。
(イリアスの念願は叶ったのね。おめでとう。外見だけは良い者どうし、とってもお似合いじゃない。……けど、私がいなくても問題ないっていうのはどういうことかしら?)
「聞いて驚けリーシャ! 実は、イリアも神子だったんだよ!」
「………………はい?」
なっがーーーい間を置いてリーシャの口から出たのは、気の抜けたような声。
驚いていたのではない。レイマンの発言があまりにばかげていたものだから、呆れていた。
神子の力を持つ者は常にただ一人。
同じ時代に二人は現れないとされている。
つまり、リーシャと同じ時代にいるイリアスは神子にはなれない。
そもそもイリアスは聖女ですらない。
それどころか、まともに魔法すら使えないはず。
彼女が神子だなんてことは、どう考えてもありえない話だった。
「神子であるイリアがいればこの国は安泰なんだよ! 君はもうお払い箱という訳さ!」
なにかの間違いか、それかイリアスが嘘をついているのかのどちらかだろう。
でもレイマンは本気で信じているらしい。
同じ時代に神子は二人現れない――というのはその辺の子どもでも知っているような常識だ。
レイマンのことは前々から頭が悪いと思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「最後にもう一度だけ確認します……この国から出て行って本当によろしいのですね?」
「くどい! 早くここから消えてくれよ!」
善意で聞いてあげたのだが、レイマンはそれを一蹴した。
それならもう、知らない。
(この国の破滅を身をもって体験するといいわ)
さげすんだ笑みを浮かべるレイマンとイリアスに背を向け、リーシャは部屋を出ていった。
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