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3. 1

 毎日の病院詣でに景太が参加するようになった。


 ベッドに横たわる映美は今日も朝から一度も目を覚ましていない。苦しんでいないのが唯一の救いだが、それ以外の何もかもがいつも通りで、かつ、母の言葉を借りれば最悪の状態であるともいえた。


「ね。ここから海が見えるって知ってた? 太陽の光できらきら光ってすごくきれいだよ」


 景太が寝物語を語るかのように柔らかな口調で映美に話しかけている。


 今、病室に母はいない。母は景太がいる間は院内のカフェや屋上で過ごすようになった。景太が来てくれたおかけで少し気が楽になったのも理由だろうし、映美と景太、二人の時間を邪魔しないように遠慮しているのもある。母はいつから二人の想いに気づいていたのか。


 芽美も景太が来たら席をはずすようにしている。母の無言の圧力を察しないほど鈍感ではないし、無視できるほど強くもない。とはいえ、わざと同席することもあった。今もそうだ。でもいつだって後悔することになる。


「元気になったら一緒に海に行こうね」


 景太が語る未来予想図に自分がいるとは芽美も思っていない。そこまで間抜けではない。そして不平不満を述べていい雰囲気でもなかった。この病室では癇癪を起こすことも涙を流すことも自由にできやしないのだ。ただひたすら映美に尽くし、愛おしみ、時には深い悲しみにひたることを自分にゆるす――ここはそういう場所なのである。そしてその傾向は景太が訪れるようになって顕著になった。


 それに景太は間違ったことは言っていない。景太が海に連れて行きたいのは映美だという、至極単純な話なのである。


 我慢できなくなり、芽美はそっと席を立った。だが病室を出て行く芽美を景太は引き留めようともしなかった。ただひたすら横たわる映美に視線を送っているだけだった。労わりと愛おしさ、そしてわずかに悲哀を含んだ視線を。


「……はあ」


 ドアを閉めると、芽美は自然とため息を吐いていた。心身ともに疲弊していく私のことを一番に考えてくれる人はこの世界に誰もいない――そのことに幾分かの恐れを感じながら。いや、母も、景太も、より不幸で、より好ましい映美のことばかりを考えているから、芽美は二番手にもなれていないのだが。悲劇のヒロインは映美であって芽美ではない。


 すべては自分の考え方次第、心の持ちようなのかもしれない。わかっている。わかっているけれど……卑屈になるのはどうしようもなくて。そんな自分にできることは一人きりになれる場所を探すことくらいで。自分の気持ちを自分の中に抱え込み直すことくらいで。


 だから芽美が病院の外で過ごす時間が増えていったのは必然ともいえた。



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