10. 3
「よし。じゃあ決まりだ」
芽美の表情から答えを察するや、彼が朗らかな声を上げて立ち上がった。
「まずお母さんに電話、その後は不動産屋に連絡だ。俺はマンションの解約をして住宅ローンの申請を取り消してくる」
自分達の抱える過去、痛みを咀嚼できない者同士、芽美と彼はあの夏以降も友情とも恋愛とも違う関係で繋がり続けてきた。その関係が誰が見てもわかりやすいものへと変わったのは――いつだったか。だがそれは必然だったのだろう。愛する映美を悼みながら、映美を失った痛みを抱えながら、この人と未来を紡いでいく。そう芽美は決めたのだった。
八年前、芽美は従兄にひどいことを言った。景ちゃんは映美がいなくなっても恋ができると。実際、景太は芽美が知らない人と三年前に結婚した。だがそのことを非難したいとは芽美は一度も思わなかった。芽美自身、映美がいなくてもこうして生きており、しかも結婚しようとしているのだから。
そう――あの頃はわからなかったが、今ならわかる。大切な人は一人とは限らないのだ。人生の長短はさておき、その人の人生でとても大切で手放したくないと思える人が現れるタイミングは突然訪れることがあって、それを拒めるほど人は強い生き物ではなくて……。
大切な人とは、亡くなることで大切でなくなるわけではなくて。
大切な人とは、他に大切だと思える人が現れたくらいで斬り捨てられる存在になるわけでもなくて。
人生、痛みも悲しみも否応なく増えていくものだけれど、それは愛や喜びが絶えることとは違っていたのだ。
そして私には共に人生を歩いてくれる彼がいる。
「ありがとう。いつもそばにいてくれて」
心からの感謝を込めて芽美が告げると、彼は穏やかに微笑んでみせた。
了




