8. 6
唇をかみしめる芽美に彼が嘆息した。
「……ほんと、川渕が言っていたとおりだな。お前って奴は」
川渕とは景太のことだ。二人は親しい間柄ではないはずだが、元々同級生だったこともあり、芽美という共通項もあり、店員と客というラインを超えた会話をしているようだった。
「人間さ、役に立つかどうかだけで価値を量れるわけじゃないんだぞ。これ、俺の教訓」
それはどんくさかったという実の弟を無下に扱ってきた彼ならではの発言だった。
「なあ。面倒なことは全部忘れて、まっさらな気持ちで自分に問いかけてみないか」
「……問いかける?」
「自分がものすごく辛い時に誰にそばにいてもらいたい?」
そんなの――すぐに答えられる。
芽美の表情から答えを察し、彼が満足げにうなずいた。
「じゃあ次の質問。その相手も同じような時にお前にそばにいてもらいたいって思う奴じゃないか?」
「……あ」
小さく口を開けた芽美に、彼がしたり顔で再度うなずいた。
「いいか。いくら考えてもいい。なんでも挑戦すればいい。その過程も、勇気も、全部お前のもので誰にもケチはつけられない。失敗してもいいんだ。間違ってもいい。いくら傷ついても、倒れても、何度だって立ち直れるなら。……悪い。正直に言うよ。お前が歩き続けたこの夏に定量的な価値なんておそらくない。俺のこの三年間だって同じだ。でもさ、そんなものあってもなくてもいいんだ。そしてこれだけは言わせてくれ。絶対に間違ったらいけないことを見誤ったらダメだ」
俺のように。そう続けた彼の表情を確認するよりも先に。
芽美のウエストポーチの中でスマホが震え始めた。
◇◇◇




