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8. 5

「……納得?」


「ああ。納得。たとえば」と彼が続ける。


「たとえば……俺が休まず歩くことで神様が過去をやり直してくれるとか、俺がしんどい思いすればするほど俺の罪が帳消しになるとか、そういう夢物語、奇跡なんてものはこの世にないってことを思い知るってことだ」


 それでは歩くことは拷問にしかならない。肉体的な意味だけではなく、精神的な意味でも苦痛を得る行為になってしまう。


 ただ、彼は間違ったことは何一つ言っていなかった。


 この世にそんな都合のいい改変は起こらない――その事実は確かに間違っていない。


 それは過去だけのことではない。現在も、未来もそうだ。そしてその事実からは誰一人として逃れることはできないのである。


「俺が過ちをおかしたのは本当のことだし、そういう自分を否定することなくこれからも生きていくべきなんだ。……でもなんだかんだ言って、一生こんなふうに歩き続けていくのかもしれない。理解したくなくて……できなくて」


 彼が自嘲気味に笑った。


「な。おかしいだろう?」


 否定した方がいいのだろう。けれど芽美にはできなかった。首を振ることもできず、芽美は黙って彼のことを見返した。彼もまた芽美を見つめ返した。そしてふっと表情をやわらげた。


「そんな俺でも確かにわかっていることがある。今お前がすべきこと、それはむやみに歩くことなんかじゃない。妹のそばにいてやることだよ」


「……でも私がそばにいても意味なんてないから」


 芽美はとっさにいつもの理由を述べていた。


「……映美のためにしてやれることが、何もないから」


 大切な人の危機に何もしてやれることがない無力感を、芽美は十分すぎるほどに実感していた。母ほどに精魂込めて接することも、景太ほどに丁寧に労わってやることも自分には無理なのだ。それに……もうこれ以上打ちひしがれたくないし、みじめになりたくもない。そんな情けない自分を映美に見せるわけにもいかないとも思っている。たとえ映美の瞳に自分の姿が映ることはないとしても。


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