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8. 4

「きっかけは些細な事、その重ね合わせだよ」


 彼は一度開いた口を閉じることはなかった。きっといつかは誰かにこうして話したかったのだろう。


「弟の死後、家に居場所がなくなったように思えて、でも学校にも行きたくなくて、他に行く場所もないし金もないしで当てもなくうろつくようになったのが始まりだった。そして歩いていてふと気づいたんだ。俺のしていることは四国遍路に似ていると」


 四国遍路のことは芽美もテレビで観て知っていた。簡単に言えば四国にある八十八か所の寺を巡る行為を指す。


「本で読んだんだ。本来、四国遍路は宗教的な巡礼行為だが、現在は違っていると。始める動機は人それぞれで、たとえば自分自身を見つめ直すためであったり、ストレス発散のためであったり、千差万別なのだと。……八十八もの寺を巡る理由が人によって違っていてもいいのだとしたら、巡る場所もやり方も好きにしていいんじゃないかって、本を読んだ時から思っていた。その時の感覚っていうのかな……俺なりの価値観が、歩き出してしばらくしたら思い出されたんだ。ただ、その時は無意味に歩く自分を正当化する理由がほしかっただけだったんだが」


 また少しためらった後、「さっき言った『いたむ』っていうのは」と彼が続けた。


「弟を悼むという意味と、俺自身を痛めるという意味の二つがある」


 やっぱりそういう意味だったのかと思ったが、芽美は表情を変えずに小さくうなずくにとどめた。今は彼の話を聞きたかった。


「四国遍路でも故人を偲ぶために歩くという人は少なくない。だから俺も四国に行き、八十八の寺を巡った。寺の一つ一つで経をとなえて弟の成仏を祈った。でも得られたものは何もなかった」


 何もなかった――そう言い切った口調から、彼が強い罪悪感にかられていることは疑いようがなかった。その理由はすぐにわかった。


「根本から間違っていたんだ。俺も弟も仏教徒ではないし、四国遍路そのものが『八十八の寺を巡れば願いが叶う』なんていう単純なものでもないのだから。……そこで俺は一つの結論を出した。巡る場所もやり方も、目的も好きにしていいのだとしたら、俺は俺の気のすむまで歩こうと。歩くべきだと。弟を悼みながらとことん自分を痛めつけてやれば、しまいには俺自身も納得せざるを得ないはずだと。それしか俺にできることはないのだと」


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