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「そっか。妹が大変な状況で、しかも母親と喧嘩したのか」
ぐすぐすと鼻をすする芽美の話にはわかりにくいところが多々ある。なのに彼は根気よく話を聞いてくれた。
すぐそばにあったバス停のベンチに腰かけて、気づけばかれこれ十分近く過ぎていた。
「すみません、私ばかりべらべら喋って」
「まあいいけど。で、妹はあの病院に入院してるのか?」
彼の視線の先にはさっき芽美が飛び出してきた七階建ての総合病院がある。
「そうなの。病院には行きたくないって何度も言ってるのに、お母さんが無理やり連れてくるから……。だって、夏休みだよ? なのに毎日病院に通えだなんてひどいでしょ? 春からいろんなことを我慢してきたのにって……ああ! また話が元に戻ってる! すみませんっ」
芽美が早口で謝罪すると、「だから謝らなくていいって」と彼はベンチの背もたれに体をあずけた。くたっとしたシャツにコットンパンツ、スニーカー。服装もそうだが、どことなくゆるっとした独特な雰囲気が彼にはあった。
「お前が何度も同じ話をしたくなるのは、きっとそういう時だからなんだよ」
キャップを一度脱ぎ、汗で濡れた髪をうっとおしそうにかき上げつつ、彼が言った。
「お前がおしゃべりだからとか、馬鹿だからとか、子供だからとか、そういうことじゃない。今話さなくちゃいけないから話しているんだと俺は思うぞ?」
キャップをもう一度かぶり直しながら横目で問われ――それはまるで嘘のつけない究極の問答、問いかけのようで、芽美は操られているみたいにうなずいていた。
「……うん」
「な。だったら話せよ。さいわい俺には時間はいくらでもある」
「そうなの?」
「おいおい。そこは少しは遠慮してくれ」
困ったように苦笑する彼の目尻にできた皺に、なぜだろう、芽美は彼に対して急速に親しみを覚えた。