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8. 3

 うつむく芽美の視線は先程からウォーキングシューズのつま先、カナリアイエローに釘付けになっている。短期間で随分くたびれ、汚れてしまったが、落涙でぬれたつま先だけが陽光を反射してやけに鮮やかに輝いていた。


「だから私、ずっと歩いてきたんだよ……。お兄さんが歩いていた理由もそうだと思ったし、歩いている間は何も考えずに済むから。今のうちに慣れておかなくちゃと思って、それで……。でもいくら歩いても『ここ』が」


 もう一度、芽美が胸の前でカットソーを握りしめてみせた。


「『ここ』が全然楽にならないんだよ……」


 芽美の足元に汗とも涙ともつかない滴が絶えることなく落ちていく。


「……俺は自分を痛めつけるためだけに歩いているわけじゃない」


 ややあって彼がつぶやいた。


「俺が歩き始めたのは……弟を失くしてからだ。そこがお前との決定的な違いだよ」


 そう言うと彼が薄く笑った。


「何か勘違いをしているみたいだが、俺は最低な人間なんだ。……弟はちょっとどんくさいところがあって、そんな弟のことを俺はいつも邪見にしていた。露骨に避けたりもしていた。そんな弟がいる自分こそがかわいそうな人間なんだと本気で信じてもいた。つまり、最低最悪なガキだったってことだ」


 どちらかというと生真面目な雰囲気のある彼の突然の告白、それを芽美はうつむいたまま息を止めて聞いている。


「死んじまえと本人に言ったこともある。……言霊って実際にあるんだろうな。弟はその翌日に川で溺れて死んだ。な? 俺とお前は全然違うだろう?」


 彼の声には自嘲の響きが多分に含まれていた。


「で、俺がどうして歩いていたのかというと」


 そこで彼が言いにくそうに言葉を区切った。


「理由は二つある」


「……二つ?」


「ああ。いたむため、そしていたむためだ」


 ――芽美の脳内で突如光がはじけた。


 痛む。


 悼む。


 彼の発した『いたむ』のイントネーションはほとんど同じだった。しかし芽美は脳内に正確にこの二つの言葉を思いついていた。


 自然と顔が上がっていた。


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