8. 2
芽美は反射的に足を速めた。しかし彼は遅れることなくついてきた。振り切るつもりで全速力に切り替える。それでも彼は強引に歩調を合わせてきた。
「……いったいなんなの?」
呼吸をなだめながら、芽美が横目で冷たく問いかけると、
「俺も歩きたくなっただけだ」
と、彼も珍しく息を乱しながら答えた。
「隣を歩く必要なんてないでしょ」
「今日はお前の隣を歩きたい気分なんだ」
「私は一人で歩きたいの」
「でも俺は今のお前を一人で歩かせたくない」
「え」
芽美の足が思わず止まった。
かれこれ二時間は歩き続けていた反動で、立ち止まった直後、芽美のふくらはぎがぶるぶると数回痙攣した。その震えを意識した瞬間、全身に勢いよく疲れが押し寄せてきた。
「まったく……。こんなに暑いんだから帽子くらいかぶれよな」
呆れた口調で彼が自分のかぶっていた黒のベースボールキャップを芽美にかぶせた。そしてつばの部分をぐっと下げた。
「う……」
今、きっと、私の顔は鼻と口しか見えなくなっている、それより上は誰にも見えなくなっている。そう思ったら、ずっと我慢しいしい流していた涙が、芽美の両目から濁流のようにあふれ出した。
「お兄さん、教えてよ……」
ほぼ無意識に、涙ながらに芽美は訴えていた。
「助けてよ……」
とっさに触れた彼の腕を、芽美はシャツごしにきつく握りしめていた。
「どんなに考えてもダメなの……。映美がいなくなる世界なんて……耐えられないの……」
触れた部分から、彼の体が瞬時に強張ったことが芽美に伝わった。しかし吐き出す言葉を止めることはもはやできなかった。
「今でも映美のことを考えるだけで幸せな気持ちになれるの……。でも……苦しいの……」
芽美のもう一方の手が胸の前、自分のカットソーをきつく握りしめた。
「こんなに苦しいのに映美のことをきれいな思い出にすることなんて……できるわけない。でも忘れることもできない。忘れたくも……ない。生まれた時から、ううん、生まれる前からずっと一緒にいたんだもの。なのに今日明日の命だなんて……ひどすぎるよ。……ね、痛みや苦しみに慣れれば、悲しみにも慣れることができるんでしょう?」
この問いかけが突然過ぎたのだろう、彼が小さく息を飲んだ気配がした。




