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8. 1

 悲しみにくれる二人をよそに芽美は病院を出た。二人は芽美が出ていく気配を感じていたはずだが、引き留めることも批判することもなかった。そういう二人なのだと、今の芽美にはわかっていた。もちろん正しい意味で。


 こんな時でも私には歩くことしかできない。そう芽美は思っていた。神も仏も信じていないし、他に祈るのに適した存在も知らない。医者でも看護師でもない私には病室にいても何もすることはない。映美のためにしてやれることが何もない。ならば――歩くしかない。


 今日も憎らしいくらいの好天で、最高気温は三十五度を超えると予想されている。まめに水分をとらないと危険だなと、芽美は気を引き締めて歩き出した。まずはゆっくり、ウォーミングアップを兼ねて一周。続けてやや速度をあげて、もう一周。


 だが昨日と同じような天候なのに、芽美はやけに喉の渇きを覚えた。まだたったの二周しか歩いていないというのに、だ。


「これくらいでどうする、私……!」


 両手で頬を叩いて、芽美は自分を叱咤した。いつもならこの倍歩いてから水分を摂るのに、根を上げるのが早すぎる。


「……映美と私は同じじゃないんだから」


 だったらいつものように歩けるはずなのである。たとえ映美が今日明日の命だとしても、私は健康体なのだから――。


 弱気、不安。そういった嫌な空気すべてを振り払いたくて、芽美はさらに速度を上げていった。息がきれるくらいの速さで歩くと次第に頭の中がからっぽになっていく爽快感は何度も経験済だ。


 ただ、今日は逆だった。歩けば歩くほど頭の中がこんがらがっていくようだった。歩く習慣がつく前、体内にぐちゃぐちゃと巣くっていた行き場のない想い、様々な事柄が、なぜか今日、今になって次々と芽美の内側に蘇ってきていた。


「あら……?」


 通りすがりの老婦人が足を止め、芽美にもの言いたげな視線を投げた。


「あれえ。あのお姉さん、泣いてる」


 信号待ちをしていた保育園児の女の子が芽美を指さし、引率の先生も芽美を見るやはっと驚いた表情になった。


 他にも多数のもの言いたげな視線を芽美はいくつも感じた。なかにはすれ違う直前で大げさに振り向いた人もいた。でも気にしない。いや、すべてを無視した。すべてを無視して芽美は歩き続けた。


 ――私には他にできることはないから。


「……うっ」


 漏れそうになった嗚咽を芽美はとっさにこらえた。そして瞼を手の甲で乱暴にぬぐった。何度も、何度も。さっきから馬鹿みたいに涙があふれてくるのはどうしてだろう。映美が事故に遭って以来、一度も流すことのなかった涙が。……いや、違う。花屋の彼に初めて会った時以来だ。


「ふううっ……」


 芽美が大きく息を吐き出した――そのときだった。花屋の前を通り過ぎた直後、彼が芽美の隣に現れたのは。


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